傷隠し
「リトアニア、僕はね……、」
1905年1月9日、サンクトペテルブルグ。
はらはらと降り積もる白雪に髪や頬、衣服が冷たくなっていく。
忽然と消えたロシアさんを追って辿り着いた此の場所。目を覆いたくなった。白銀の雪がみるみるうちに赤に浸食されていく。その赤は、ロシアさんの衣服にも浸食を重ねる。あまりにも悲惨な現実に俯くロシアさんの顔は曇り、涙を零していた。不意に顔を上げると空虚な瞳で俺を見詰めた。
「僕はね、手に傷が出来たら……、手袋をして隠したんだ」
赤に染まってしまった手袋の上からすっと其の手をなぞる。ロシアさんは自分に対する嘲笑を零した。
「首に傷があるなら、マフラーを巻いたんだ。……でも、でもね」
ニコッと笑った顔には不釣り合いな大粒の涙がロシアさんの頬を伝う。
「今此処にある傷は、どうやって隠せばいいのか、っ、わからないんだ……、」
傷とは、今視界いっぱいに広がっている地獄のような世界だろう。遂には地面に膝を付いて俯き、泣き声だけを響かせるロシアさんに俺は声を掛けることすらも出来ず、ただ彼が何も見えないようにと、力強く抱き締めていた―――。