人形の神様
「猫神様って、知ってますか?」
澄んだ青い瞳が、まっすぐにこちらを見つめてくる。
夏休みの宿題で育てた朝顔のようだと、ぼんやり考えていたら、カイトはお構いなしに言葉を続けた。
「空の上には猫神様がいて、猫を飼っている人、飼える人の名簿を持っているんです。その人の猫が亡くなったりすると、猫神様が新しい猫との出会いをもたらしてくれるんですよ」
「ふーん。で?」
俺の言葉に、カイトはついと視線を逸らす。
「猫の神様がいるのなら、人形の神様もいるかと思いまして・・・」
「人形?」
眉をひそめて聞き返すと、カイトは横顔で笑った。
「ええ。私が壊れたら、あなたの元に新しいVOCALOIDを寄越してくれるんです」
「何言ってんの、お前」
「機械の体は、無期限ではないのですよ・・・」
繊細な技術を詰め込んだ機体は、人よりも脆く儚い。
祖父の形見に引き取ったVOCALOIDには、もうあまり時間が残されていないだろう。
それでも。
「いらないよ。お前以外のVOCALOIDなんて」
一緒に暮らしたのは僅かな年数だけれど、カイトのことは、ガキの頃から知っていた。
祖父の家に行けば、いつも笑顔で迎えてくれる。一緒に遊んでくれる。それが当たり前になっていた。
「そう言って頂けるのは、嬉しいです。だからこそ、人形の神様はいると思うのです」
微笑む顔は、記憶の中の顔そのままなのに。
「私が壊れたら、新しいVOCALOIDを迎えてください、マスター」
何故こんなにも、悲しいのだろう。
「いらないよ・・・」
俺の言葉に、カイトはただ微笑むだけだった。
その日は、唐突にやってきた。
いつものように仕事から帰って、いつものように「ただいま」を言った。
いつものように、「おかえりなさい」と迎えてくれる声はなくて。
居間で、カイトは静かに機能を停止していた。
結局、俺の手元に残ったのは、作りかけの曲と小さな部品。
随分小さくなってしまったカイトを、引出しにしまって、またいつもの日常に流される。
新しいVOCALOIDを迎える気も起きず、俺はただ働いて寝に帰る日々を繰り返していた。
「頼む!一生のお願い!!」
手を合わせて頭を下げる友人に、俺は身を引いて、
「いや、無理だって。俺はもう、あんな思いをするのは嫌なんだよ」
「分かってる!分かってるけど、そこを何とか!会うだけ!!会うだけでも!!」
「いや、だーかーらー」
「大丈夫!会えば分かる!!おーい、入って来い!」
「ばっ、やめ!」
扉の向こうに声を掛ける友人を、慌てて止めようとするが、もう遅かった。
恐る恐る開いた扉の向こうから、青い髪が覗く。
「は、はじめまして・・・」
朝顔の色をした瞳が、すがるように俺を見つめた。
持ち主が転勤するせいで、廃棄される寸前のVOCALOIDなんて。
人形の神様も、随分えげつないことをするもんだ。
「はじめまして。よろしくな、カイト」
終わり