優しい歌声がする。それは、寂寥も孕んでいる。彼の歌声を遠くに聴きながら、僕はそれでもいつかくるさよならのときに息を潜めている。別れは必ずくるものだ。口下手なのは悔しい。僕は今、君にこの感情を伝える術を持たない。ああ、なんて優しいのだろう。彼は知っている、それが確実に訪れることを。彼は望んでいる、それが悲しいものでないことを。やがて歌声はふっつりと途絶えた。それは彼が寝たのではなくて、単に歌が終わったのだと思った。無音は思った以上に辛くて、僕も同じ歌を歌いだした。隣で君がもぞもぞと動く。
「光子郎はん、」
「はい」
「歌、苦手やろ」
「…はい」
もうすぐ別れが訪れる。きっと君は物分かりがいいから何も言わずにさよならしてくれるんでしょうね。なんて綺麗で、なんて切ないんだろう。
「下手でも、唄わせて下さい」
「何言うてはりますの、わいは光子郎はんの歌がいっとう好きでっせ」
君の言葉は時折辛い。たまらなく、君を抱きしめたい。さよならは嫌だと心が叫ぶ。胸が張り裂けそうだ。
「…♪」
やがて僕は静かに唄いだす、君のための歌を唄いだす。