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かつみあおい
かつみあおい
novelistID. 2384
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HEEL

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 世の中には変えられないものが確かにある。
 例えばイギリスの眉毛とか(あれは紳士的な何かだから、なくなったら世界が海賊の恐ろしい支配下におかれるに違いない)例えば日本の感情が読み取りにくい黒目とか(反抗的に見えない代わりに心から従順にも見えない)。
 ドイツとプロイセンでの関係でいえば、それは身体的特徴のほとんどに渡る。顔立ちの部分的な個所を除けば、この兄弟は、外見はあまり似ていない。食べ物の好みだとか、音楽の嗜好とか、軍事への思考回路とかは、吸いつくように張り付いているのだけど。

 よって、プロイセンの膝板が、地面と水平な直線を描いて、ドイツの鳩尾に入った時も、体格差という彼らの最も差異のある特徴でもあるハンデを克服するいい攻撃方法だと思ってしまった。
 果たしてこれは、左脚なのだろうか。それとも右脚か。プロイセンの利き手は左だから、やはり脚も左なのだろうか。いやいや、利き手と利き足は一緒とは限らないと本で以前読んだことがある。だが、それよりはプロイセンの辿ってきた習性から判断する方が整合性が高いかもしれない。かつての騎士は、馬上で左に大剣を構えながら右で手綱を引いていた。必然的に、右の鐙に力が入る。そうだったそうだった。脚は、蹴る足ではなく、地面に体重をかける軸足の方が重要なのだ自分ともあろうがすっかり忘れていた。
 そうなると、利き足が右の兄が、その右脚を地面に軸として、左足で蹴ってきた、とみなすのが正しいのだろう。そうだろう。

 右足と比べるとわずかに細い左足。しかし、心臓にはより近く、より多く血が流れている。その左足が、ドイツの胸にきわめて近い腹に、蹴り込まれるサッカーボールなしに力いっぱい目がけられる。通う血ごとこの身に入ってしまえばいいと思ってしまうくらい。
 膝の皿もめり込めばいい。杯を盃にしてビールを飲んだらさぞや美味だろう。ほじりだそうとする要求がグロテスクに浮かぶだけなら罪ではあるまい。長い骨は傷つけられていないのに、膝皿のみが取り除かれて横たわるしかない兄。投げ出された脚。もうどこにも行かない足。脚。足。肢。

 最初の攻撃で、ふっとばされて横倒しにされた肩をつま先が切った。鎖骨が裂けるかと思った。肺の方まで抉れているかもしれない錯覚。耳も多分擦った。髪も乱されていることだろう。半分だけ。
 お互いの余裕のなさが現れているようだ。摩擦で燃えるかもしれない。胸にわずかにひっか掛かりながら下ろされる間もなく、関節が縮み代わりに踵が額へ突きつけられた。こめかみからえぐることも可能な、三次元的にひねりを加えられたループが描かれて。
「ひくっ」
 気ままなスキップが始まって台所にプロイセンは駆け込んだ。
「しゃっくりしたら飽きたぜー」
「兄さん」

 後を追っかけると、身体の半分を冷蔵庫に突っ込みながら、はちみつ入りのレモネードの容器を取り出してグラスに注ぎ始める。しゃっくりを止めるには糖分がいいと、聞いたことがあるがそれにしたって急展開だ。
「何だよヴェスト。お兄様は組み手に飽きたんだ。お前本気出さないし」
「すまない。兄さんの足技に見とれていた」
 冷たい液体を飲みほしながら、プロイセンはむせた。本当のことを言っているのに、どうしてだかドイツは不思議だった。
 取りあえず、ペーパータオルを取り出し、除菌スプレーを軽く吹かして、散ったレモネードを吹き始める。まだ、鳩尾が情事の後さながらに、じりじりせり上がる。肩から肺にかけてだって。
 もしも、本気のプロイセンの踵が、こうべに食い込んでいたら。それはさながら、黒鷲の爪のように、あるいは折れて刃だけになった抜き身を突き立てられるかのように、いずれにしても瞼より深い距離に入り込んでいくことだろう。
 太ももの張りも、尖った骨も、薄く堅い肉も、もちろんそれらすべてを支える踵も、ドイツの所有だと願ってしまうのは、こんな時間だったりする。

 もっとも、これらが皆、ある時は、薬草のかおりがする石鹸で洗われて臀部さながらに柔らかくされ、もしくは、爬虫類の革や金属で静脈が太ももに浮き出るほど縛られて、翻弄され、弛緩なり硬直なりどちらにしても身動きが取れない時間が、もう数刻先に訪れることを知っているからこそ、楽しめるひと時ではあるのだけれど。

 レモネードは、ほんのりプロイセンのズボンにしみ込んでいた。きれい好きの弟としては、すぐに脱がせて染みを取らないといけない、そうに違いない。その間、素となった下半身を有効活用すべきだろう。
 果たして暴れるだろうか。首の一本や二本攻撃されて構わない。絡みつくように吸いつかれるのと大して変わらないのだから。



fin
作品名:HEEL 作家名:かつみあおい