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儘ならないエクスキューズ

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俺の傘は決まって大雨の日に無くなる。誰かの肩を濡らさないために使われているのならそれも良いけれど、こうも止む気配がないと流石に溜め息を吐きたくなるものだ。図書館の隅に隠れるように座って窓の外を眺めながら、どうやって帰るかを思案してもう2時間以上も経っている。朝から薄暗い空は更に暗さを増して、既に夜の気配を見せていた。まさかここに一晩泊まるわけにもいかない。なにせ規律に厳しい寮長は、寮則を破っただけで発砲するような危険人物なのだ。険しい表情でネチネチと説教をされる未来に思わず顔をしかめた時、本棚の向こう側からふらりと人影が現れた。

「お前、なにしてるんだ」
「アーサーこそどうしたん!」

人影の正体は一瞬窓の外に視線を泳がせて黙り込んだけれど、すぐに憮然と答える。

「傘を忘れた」
「は?何言って…」
「うるせぇ!お前は何してるんだ!」
「傘、無くなって…雨宿りや」
「……またか」

恋愛契約以来、それなりにお互いのことを話す様になって最初に聞かれたのは、いじめられているのか、ということだった。友達がとりわけ少なくて、よく持ち物が無くなるだけだと返すと、アーサーは目を丸くして、それから少しだけ笑った。今も鮮明に思い出せるあの微笑の意味は未だに解らない。けれど、馬鹿だと言ったその声が見せた色はよく知っている。今はまだ、その答えは胸に仕舞っているけれど。
呆れたように吐き捨てられた「またか」の後、アーサーはどかりと隣に胡座をかいた。どうやら雨が止むまで一緒にいてくれるらしい。内心、一人寂しく濡れて帰ることに恐怖していた身としてはとても有難い。きっと解っていて傍にいてくれるのだろうその不器用な優しさに、思わず笑う。

「いつものことやのに」

ちょっとした意地悪のつもりで、気にせんと帰れば良いやん、という含みを持たせたら、ギロリと睨まれてしまった。光に透けた葉色を思い出させる翠の瞳がすう、と眇られた途端、アーサーの身体がこちらに傾く。不貞腐れた子どもみたいな様子に、阿呆と罵ってやろうと思った時、ふと気が付く。
この体勢、所謂膝枕ではないだろうか。
自覚した途端急に恥ずかしくなって、喉まで出かけた悪態が引っ込む。逆に触れ合う場所から伝わる熱は心臓を忙しなく働かせ、いよいよ顔にまで達していた。あっという間に膝を占領した男の顔は見えない。代わりに、皺一つなく整えられたワイシャツの濡れた肩と、跳ねた金髪からのぞく耳の赤さ。

「別に、お前の為じゃないからな…」
「……へぇ、そうなん」

適当に相槌を打って、黙り込む。その肩が濡れている理由を知っていると、言わないために。さっき一人で窓を覗いていた時、ちゃんと傘をさして寮へと帰るアーサーを見ていたのだと、言わないために。わざわざ引き返してきたことを言えないのか言わないのか知らないが、全くどうしようもないひねくれ者だ。
だけど、それで良かった。忙しなく脈を打つ胸の動悸をとても心地好いと感じてしまうくらい、何も語らないこの膝の重みが嬉しいことを、俺も語らなくて済むのだから。