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わたしにだってそれはある

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その感情に、女自身が驚いた。
 
 踵を揃え、上司に礼を送り、ここから離脱することを告げれば、書類の山の隙間から見え隠れしていた黒い頭があがり、「ああ・・ゆっくり休みたまえ」なんて、どうにかいつもの顔に戻すが、余裕をみせようとした了承が、ため息だったことに気付いていない。溜まった有休を今期中に消費するのは、まず部下から。そう決めたこの男が、それを今更ながら悔やんでいるのを知っている。「大佐も早くこの山を片付けられるよう、心から祈っております」部下らしく挨拶をして部屋をでれば、隣でも紙束とファイルの山とのにらめっこを続ける男たち。「あ、中尉」煙草の代わりにペンを咥えた男がアガリっすか?と笑ってみせた。「ええ。悪いわね」一応自分の分担は終わらせているが、それでもこう言わずにおれない空気が満ちている。「いえ、おれたち先に休ませてもらったんで」仕方ないというように男たちが笑って、一応の敬礼で送られる。
 ドアの外側はまったくの別世界のように、静かで、寒かった。お茶を、自分だけ飲もうか、男たちにも必要か、考えながら誰にも会わない廊下を進む。ふと、暗い窓に眼をやれば、すぐ近くの木立が濡れて外灯に光っていた。雨だ。なんとなくそこに立ち尽くしていると、そのにぎやかな気配が近付いてきた。「エドワードくん、アルフォンスくん」兄弟が、帰ってきたのだ。
 男たちにとってのいい口実だ。わかってはいたが・・・・
 「だからって・・なんで食堂で酒盛り?」心底呆れた声を出すのは兄弟の兄である少年だった。「みんな、そろそろ限界だったのね」ごめんなさいね、大人の都合につき合わせてといえば、少年はちらりと眼をむこうへやり、「いや・・」何か言いたそうに口元を動かした。弟は、咥え煙草の男と恰幅の良い男に挟まれて座り、奥の厨房ではココの最高責任者の男を筆頭に、何名かが持ち込んだ酒を飲みながら、つまみを作っているようだ。私は今休暇中だと自分に言い聞かせる女は、「ほんとは、さ」という少年の声を聞き落としそうになった。
「本当は、おれが早く大人になれれば、いいんだけど」いつもの強い響きはなかった。「おれ、こんなだから、二人でいると、アルの方が上みたいでさ・・でも、ここに来ると、ほら、一応、本物の大人がいるし」立ち上がって厨房をのぞいてうろつく煙草の少尉を指した。「あの人、アルに、煙草の煙、絶対あてないんだぜ」ここの人たちは、みんなアルを普通の子どもみたいに扱ってくれるんだ。「だから、ここは、居心地いい。アルが無理しないでいい場所だし。あんなアホみたいな男たちでも・・」ここで、女の顔を見た。あの、冷静で、知的で、ちょっと怖い、あの、ひとが・・
「っぐ」「エドワード・エルリック」「は、はいっ」思わずきちんと返事。再度、フルネームを呼んだ女は、あふれてくる何かを抑えきれずに行動している。自分は今、休暇中だと再確認し、少年を抱きしめる腕に力をいれた。「あなただって、まだ、子どもでいいの。まだ・・」大人になりたい気持ちも理由もわかってはいるけれど。「・・いそがないで」「・・はい・・」真っ赤な顔でどうにか答えた少年は、きっと忘れない。
女の顔が、まるで、幼い女の子みたいに、ゆがんで、泣きそうだったのを。
作品名:わたしにだってそれはある 作家名:シチ