飛行機雲
「…お…おおおお。」
西浦高校野球部、副キャプテンにしてキャッチャーの阿部隆也は、
両手にアイスを持ってコンビニを出たところで、
奇妙な声を上げながら、今にも後ろに反り返りそうな相方を見つけた。
「……なに…やってんだ…?」
不機嫌そうに片眉だけを上げるが、これは彼の癖。
そして奇行奇声挙動不審は、彼の相方・三橋廉の専売特許だ。
時は真夏の炎天下。立っているだけで汗が滝のように吹き出るし、
せみは混声大合唱コンサートを開いているしで、
掻き消えるかと思った阿部の声は、ちゃんと三橋に届いたようだ。
「あ、阿部く…!」
阿部を呼ぶときに、「阿部君」でなく「阿部く」になるのも彼の癖。
いい加減にそれにも慣れたと言った感じで、阿部はアイスの袋を二つあける。
「何してたんだよ。こけるぞ。」
「う、ウン…ごめ…。」
意味もなくすぐ謝る。これも癖。
「…何してたんだよ。」
「あ…あ、あれ!」
そう言って三橋は天を勢いよく指した。
奇跡の九分割。繊細なコントロールを生み出す指が
真っ直ぐに指すのはまっさおで、吸い込まれそうな青空と、
一筋伸びる、飛行機雲。
「…おー…久しぶりに見たな。飛行機雲なんて。」
「お、おれ…も!」
懸命に言葉を紡いで、三橋は「ふひっ」と笑った。
その手に阿部は、パピコの半分を渡してやる。
「え、あう…?」
「やるよ。二つは食えねーし。」
「あ、あ、あ、ありがと…!!!」
「…だからいーって。」
せみの大合唱の中、三橋のうれしそうな声と
阿部の答える声が重なる。
それは青空に掻き消えることのない、飛行機雲のようだった。