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目覚めよと呼ぶ声が聞こえ

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父のことは、正直まったく覚えていない。
 物心がついた頃、父はすでに大儀のために不在だった。ゆえに、ぼくにとって彼は他者の思い出の中に存在する人でしかありえなかった。母の、祖父の、王の、町の人々の父の評価は、ただ大きく、強く、正しい。それは逆光の中の人を見るかのようにまぶしく、ぼくは目を眇めるようにして、表情の読めない父の輪郭だけを感じ取っていた。
 旅の中、出会った父の噂も、これまで耳にしてきた話と同様、信頼と正義に基づいたものだった。時に誇らしくも感じたが、概ねはまるで他人事のように感じられた。ひとりの偉大な人物……真に『勇者』と呼ばれるべき人の物語を聞いているかのように思われたからだ。
 そう、父ほど『勇者』の名がふさわしいと思われる人はない。同じ名で呼ばれるぼくの道の前にあって、彼はその名で呼ばれるものがあるべき姿を示していた。死の噂がないわけではなかったが、強い焦燥を感じることはなかった。ぼくのなかで形作られた『大きく、強く、正しい父』は、その程度の困難に打ち勝てぬわけがなかいからだ。
 だから。
 僕は、父がこの手の中で死んでいくことなど、考えたこともなかったのだ。

 その人は勇者と言うにはあまりに薄汚れていた。しつらえた武器や防具に特別なものは何一つなかったが、鎧や盾についた傷が、今までの戦いの壮絶さを語っていた。無謀と勇気の狭間で戦ってきたことは容易に想像できた。ぼくには仲間がいるが、彼は、ひとりだった。その理由はわからない。ここに至るまでに、すべての仲間を失ってしまったのかもしれないし、自分以外の人間が傷つくことを厭ったのかもしれない。問いたかったが、彼は、あなたの息子はぼくですと名乗りを上げる暇も与えてくれず、一方的に伝言をし、息を引き取った。
 あのときの感情は、今をもって上手く説明することができない。
 近いのは、裏切りを受けた時に感じる怒り。なぜ、という反射的な疑問が腹の底からどうしようもなく湧き出した。なぜ、無謀な戦いを挑んだ。伝言を残すぐらいなら、なぜ、一度でもアリアハンへ戻らなかった。どうしてぼくを、その腕で抱いてはくれなかった。だのになぜぼくがあなたを抱いているのか。
 そして同時に、僕は喜びに震えていた。大儀のためにと、あまねくすべての人のためにあると思っていた父の動機は、ただぼくのためにあったのだ。個人的な、まるで祈りのような願いのために、すべてを置いて父は旅立った。『ぼく』のために。
 また、ひどい悲しみがこみ上げた。『旅の人よ』。それは他者に送られる言葉だ。父は今のぼくの姿を知らない。それでも、ぼくは、わかってほしかったのだ。ぼくはあなたの息子です。ぼくが、あなたの庇護すべきものです。あなたの瞼の裏にある小さな子供。小さな命は、ぼくなんです。
 父さん!
 けれど、喉からは一言の声も漏れなかった。呼吸が、心音が手の中で消えてゆく。変わりに、重みがずしりと増した。すべての感情が、悲しみに変わってゆく。
 意味のない、けれど万感を込めた叫びが唇から漏れた。
 ぼくは父の骸を地に置くと、今、この状況を作り出した魔物に向かって駆け出した。仲間は誰一人、ぼくを止めなかった。ただ黙って、僕と共に戦いへと赴いてくれた。言葉は多分、必要なかった。元々覚悟は出来ていた。父の死がなかったとしても、ぼくらはその邪悪と戦うためにこれまでの困難を乗り越えてきたのだから。
 誕生日の朝、それは始まり、冒険の興奮のまま旅は続いた(さまざまな事件はぼくたちに戦う理由と決意を与えてくれたけれど、義憤のみが行動の指針であったといえば嘘になる。起こる事件がどんな痛みを含んでいても、ぼくらには常に未知の開拓を事件の解決を、そして己の成長に血を騒がせていた)。
 思えば、ぼくにはずっと戦う理由がなかった。ただ、最初から戦う運命にあり、それに流されただけだ。
 ぼくは最後の最後でそれを手に入れ、仲間は、最後の最後で、個人的な感情で戦おうとするぼくを、ただ許してくれたのだ。
 最初の戦いはただがむしゃらだった。敵は、強い。だが、ぼくはひとりではなかった。何度か落としそうになった命は、仲間の必死の努力によって救われた。傷を癒す、いくつめかの暖かい光を受けながら、ぼくはぼくを取り戻し始めた。目の前の龍は四つの首を四つの的に向けている。ぼくと、ぼくの仲間に。
 父になく、ぼくにあったもののすべて。
 ぼくは泣きたくなった。父を失った悲しみからではない。胸を震わせる感情がわきあがったからだ。
 これは仇討ちではない。
 ぼくらの旅の、終着点なのだ。
 四つの首すべてを打ち落とすと、敵の血の真ん中にぼくは立った。横たわる父の骸をみやり、確かに、そこに存在する体を再度確認する。涙は、こぼさなかった。
 
 ひとつ戦いが進むたび、心臓が張り裂けそうに鳴り、手が震えたことを覚えている。大きく息を吸い、吐くと、最速の攻撃を持つ友人が、隣でうなずいたことを覚えている。傷を癒し、命を支える友人は、一度目を閉じ、神に祈りをささげた後、強い瞳で敵を見上げたことを覚えている。賢者が、黙ってぼくの背を叩いたことも。
 この場に立っていられる理由のすべては、それだけだった。


 取り戻した光は、『ぼくら』の旅の終焉を意味した。
 

 もう二度とアリアハンへ帰れないと知ったとき、脳裏に浮かんだのは母の姿だった。
 故郷を喪失した悲しみは、思ったほどではなかった。ただ、父が帰ると信じている母に、せめて父の遺髪を届けたかったのに、と思った。
 父を失い、子を失うこととなった彼女は、それでも『勇者』の妻、『勇者』の母として、世に平和がもたらされたことを誇りに思うと笑むのだろうか。それとも、ぼくと父が大儀のための旅を続けているのだと信じ続けるだろうか。
 そのどちらの母も思い浮かび、ぼくは小さく破顔した。幸せであってほしい、と願う。
 祝賀の宴も終わる頃には、ぼくはひとり旅立つことを心に決めていた。
 平和の世に『勇者』は不要だとかいう美しい理由ではない。日常に埋没することは出来ないだろうという予感があったからだ。ぼくはすでに冒険の興奮に毒されていた。
 父のように、何かを背負い旅立つことは出来ない。
 装備を部屋に置き去ると、ぼくはそっとあてがわれた城の部屋を出た。
 胸の中でこれまで旅を続けてきた仲間に最大の感謝の言葉を告げる。
 置いてゆく傲慢も、重々承知している。
 それでもぼくはひとりで旅立つべきなのだ。
 孤独の流浪のなかで、ぼくは父の背中を見つめ続けるだろう。光の輪郭を持つ、偉大なる表情のない父ではない。傷つき汚れた、父の姿だ。
 この道の中で、僕は再びあなたを見つけるのだと思う。
 あなたの、真実の姿を。