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Under the Rose

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 カークランド公爵家の四男アーサー卿がロンドンでの仮住まいにと定めた邸宅はハイド・パーク・ゲイトの一角にある。
 アルフレッド・F・ジョーンズは緑豊かな公園に沿って軽い足取りで目的地を目指した。やがて辿り着いた一軒のドアの前で、真鍮のノッカーを乱暴にたたく。
 ややあってドアが開かれ、中から馴染みの従僕が顔を覗かせた。その鷲を思わせる鋭い線の輪郭を眺め、アルフレッドは「やあ」と片手を挙げた。
「アーサーはいつもの図書室かい?」
「左様で」
 にこりともせずに従僕が答え、アルフレッドを奥へと通す。そして先行して階段を登り客人を図書室まで案内すると、部屋の扉を開いて来訪者があることを告げた。
「ジョーンズ様がお越しでございます」
 中にいる彼の主人が何かを答えるより早く、アルフレッドは部屋へと滑り込む。図書室の入り口近くに据えられた長椅子からは、濃い灰色のスラックスを履いた足が見えていた。人嫌いのアーサーが追い出せと一言でも言えば、彼の従僕は忠実に主人の命を遂行するだろう。わざわざ訪ねたというのに早々に追い返されてはかなわない。実際には、アーサーは偏屈だが案外と押しに弱いところがある。とにかく先手が大事なのだと経験則から知るアルフレッドは、腹に力を込めて殊更声を張り上げた。
「やあ、アーサー。相変わらず黴の生えそうな部屋だね! 君も相も変わらず陰気な顔でなによりだよ」
「いちいち喧嘩売りに来てんのか、てめえは」
 気だるげな声が響いて、ぎしりと長椅子が軋む。身を起こしたアーサーは深緑の瞳でアルフレッドをねめつけた。
 けれどそのまま従僕に退室を許可していたので、どうやら口ぶりこそ不愉快そうではあるもののとりあえずはアルフレッドを追い出す気はないようだった。
「珈琲を淹れ直してくれ。新しい客人の分もついでにな」
「かしこまりまして」
 実直な従僕は、テーブルの上の空になったカップを盆に載せ一礼をして部屋を出た。それを見送ってからアルフレッドはつかつかと長椅子まで歩み寄る。珍しいことに、どうやら先客がいるようだった。人嫌いの気難し屋で有名な公爵家の四男坊は、社交界にも積極的には顔を出そうとしない。親密に接する者などせいぜい家族と幾人かの友人くらいだ。おのずと客人の候補は限られてくる。アルフレッドはとっさに彼の数少ない友人の顔を思い浮かべたが、それを裏切って聞き知らぬ声が書棚の影から響いた。
「お客様ですか?」
 抑揚のない低い声に反して、書棚の奥から姿を見せたのは背の低い、細身の青年――少年かもしれない――だった。夜の色をした髪と目、生成りの肌は一目で東洋から来た異人と知れる。
「――支那人の子供がなんでこんなところに?」
「いや、彼は日本人だ」
「本田菊、と申します」
 思わず漏れた呟きをアーサーが拾って訂正し、異国の少年は曖昧に微笑んでそう名乗った。日本というのがどこの国なのか一瞬わからなかったが、東洋の国なのだろう。名前が聞き取りづらくて首を傾げていると「キ・ク、ホ・ン・ダ です」と丁寧に繰り返される。
「キク?」
 復唱をしてみるが発音が難しい。むう、と眉をひそめたアルフレッドにくすりと笑みをこぼし、本田と名乗った彼は「花の名前なんですよ」と付け足した。
「こちらでは、ええと……Chrysanthemumと呼ばれていたかと」
「へえ。キクだとうまく発音できないから、そっちでも呼んでいいかい、ミスター?」
 本田はなぜか小さく吹き出してから、真顔に戻り「かまいませんよ」という。
「家名の方が呼びやすければそちらでも結構です。ところで、貴方のことはなんとお呼びすれば?」
「ああ、自己紹介がまだだったね。俺はアルフレッド・F・ジョーンズ。アルでもフレディでも呼びやすいように呼んでくれよ」
 差し出した右手をおずおずと握り返される。その手の細さに驚いた。まるで女性のようだった。面長の輪郭もほっそりとしているし、スーツを来てはいるが実は女性なのだろうかと、そんな疑問が一瞬過ぎる。しかしアーサーは確かに"He"と呼んでいたし、何より女性にしては声が低い。
(これがオリエンタルの神秘ってやつかな。)
 目の前の小柄な東洋人をまじまじと見つめていると、ガチャリとドアが開いた。従僕が珈琲を注いだ盆を持ってきたのだ。家主を含め、とりあえずカウチに腰掛けた三人の前にそっとカップが並べられる。濃く淹れた珈琲を一口啜り(アルフレッドとしてはもう少し薄味の方が好みだったが)、ちらりと本田を見やる。遠い東の国からの留学生だという本田が、なぜこの偏屈な青年貴族の部屋にいるのか。疑問に思うだけには留められずアーサーに視線で問うてみると、彼は優雅に肩をすくめてみせた。
「部屋を貸してるんだよ。俺にとっても恩のある人の紹介で、2階の部屋を週1ポンドって契約にしてる。どうせ滅多に使わないしな」
「図書室の本も貸して頂いていささか贅沢過ぎる気もするんですが」
 曖昧に微笑む本田の膝には大衆娯楽誌が乗っている。稀覯本蒐集が趣味のアーサーの私設図書室は、アルフレッドには価値のわからない古臭い本から流行の娯楽小説まで無造作に並んでいた。
「君は小説が好きなの?」
「ええ、最近はアーサーさんに勧めていただいたディケンズを読みましたが夜を明かして夢中で読んでしまって」
 講義の間眠くて仕方ありませんでしたよ、と微笑む本田に相槌を打ちながら、要するに「趣味が合う」わけだとアルフレッドは悟った。二人そろって愛書狂という病にかかっているのだ。アルフレッドも読書は嫌いではないが、作り物の話よりは現実の冒険の方がずっとわくわくした。たとえば来年に控えたパリの航空ショー。人間が空を飛ぶなんて馬鹿げた夢物語を現実にした機体をぜひともこの目で見てみたかった。その辺りは懐古主義のアーサーとは正反対で――先日自走式のキャブに乗った彼は絶対馬の方がいいとぼやいていた――、まあそれ以外も大方正反対の気質なのだがもはやしょうがないと割り切っている。
 しかし目の前で楽しげに読書の感想などで盛り上がられるのはあまり面白くはない。苦い珈琲を啜りながらアルフレッドはくちびるを尖らせた。
作品名:Under the Rose 作家名:カシイ