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アス→シンジ（カヲシン前提）



手を放してしまえば良かったんだ、と彼は泣いた。もしも、あの時、あの場所で、あの手を放してしまえていたのなら…そうしたのならば、こんなことには！彼の嘆きは、いっそ死にたいとでも叫び出しそうな響きを持って空気を揺すった。
あぁ、いったい、なんだというのだろう。アスカは痛む頭を抑えた。いくら頭脳明晰の才女でも、こんな馬鹿げたことは解しがたい。“もしも”なんてもの、アスカは大嫌いだった。
もしものことを思い描いた所で、どうなるというのか。その仮定世界では、少なくとも目の前の弱小でひ弱な彼という存在が、掻き消えてしまいそうな程に細い肩を震わせることはなかったとでもいうのか。それはない、とアスカは思った。思って、何だか無性に腹が立って、下品に唾でも吐き捨ててやりたくなった。だが、生憎と彼女の喉は乾いていた。頭が痛い。

どう転んだって、“もしも”なんてなかったのよ。

ぐるぐると痛む頭の中で繰り返す、喉元でわだかまっている言葉がある。気付いてしまえば容易かった。唾なんかじゃなくて本当は、この言葉を吐き捨ててやりたかったのだ。
あの時、あの場所で、彼があの白い手を放すことを選んだって、やっぱり“もしも”なんてものは、なかっただろう。だって、あいつがあんたを手放すなんてこと、あるはずないじゃない。

「あんた、バカね」

そうやってあいつの為に頬を濡らすあんたを、えげつない程に望んでいたのはあいつ自身だったのよ。バカなあんたは知らないでしょ。尊い稀少なものでも見るかのように、まるで全ての善が其処にあるかのように、あいつを見ていたあんたにはわからなかったでしょう。あたしに云わせればあんなものは偽り、偽善にしか過ぎないわ。だって見てみなさいよ。あいつはちゃっかり自分の望みを叶えて、全部持って行ったじゃない。ねぇ、本当に見えないの？あんた、なんで泣いてんのよ。
あたしだったらこれから先、百万回だって、好き、なんて言葉くれてやるわ。

それでもあんたは、泣いてばかり。　


End