つめきり1
ぱちりぱちりと小さな音が部屋の中に響く。
時折他愛もない会話を交わす以外にはその音だけ。
校庭の遠い喧噪。
世界に隔絶されたような、曖昧でけれど、明確な空間。
アッシュフォード学園生徒会室の空気だけが僅かに重い。
疑念があった。聞きたいことがあった。言葉にしてそして。
けれどそれを今のルルーシュに問いかけたところで意味があるのか。
なければいいと思う。なければ。
憎しみも怒りもいっそ殺意さえあるのにどこかでそれを否定したがっている自分もいた。
否定したがっている自分を認めたくないとも思っていた。
迷わない心でまっすぐに一心に成すべきことを成せればいいと思う。
それでも、こうして僅かな温もりを感じれば、何も思わない訳じゃない。
きっかけは。
「爪が伸びているじゃないかスザク」
生徒会室に寄ったらルルーシュしかいなかった。心の中に警戒色が灯って。
何気なく机に手をついたらそう言われた。
「ああ、後で切るよ」
適当に誤魔化した。そんなことはどうでもよかったからだ。
長すぎるというなら最悪ナイフで削ることも出来る。だから重要視しなかった。
そのときルルーシュが自分の荷物を出して。爪切りを出したことには少し驚いた。そして。
「手を出せ」
とルルーシュが言う。
「遠慮しておくよ」
と僕は苦笑いして、肉まで切られそうだ、と言ったら。
「そう言われたらなおさら引き下がるわけにはいかないな」
とルルーシュが口角を上げた。
そして冒頭に戻る。
ルルーシュの手つきには迷いがなかった。それを口にすれば。
「こういうことは得意なんだ」
と言う。
ナナリーの爪を切っていたからだ。僕はそれを知っている。
多分、ルルーシュの記憶に残っていないだろうその存在の幻影をそこに見る。
それとも、やはり既に思い出しているのか。
ルルーシュの表情、目の中をのぞき込もうと思ってもうつむき加減のルルーシュのそれを見ることは出来ない。
嫌な気分だった。
わからないことが嫌なのか、それを知ろうとしている自分の浅ましさのようなものに嫌悪したのか。
パイプ椅子を向かい合わせにして膝をつきあわせるように座っている僕たちは。
いっそ仲睦まじく語り合っているようにすら見えるかもしれないと思う。
右手が終わった。左手を取られる。親指が掴まれて爪切りがその爪を挟む。
ぱちりと爪が弾けた。戻れない何かを削り取るように音が耳に響く。
手が熱かった。掴んでいるルルーシュの手を冷たいとも感じなかったから、手の温度は同じくらいなのかもしれないと思った。
何も知らなかった頃に。まだ幸せだとお互いの関係上少しは言えた頃に燻っていた感情を思い出しそうになってそれを押し込める。
それは忘れるべきものの一つだ。なかったことにすることは出来ないけれど。
もう過去のことだ。
「ほら、終わった」
ルルーシュの手が離れていく。それを追うことはしない。
とんとんと爪切りから出された切られた爪が破棄されるべき書類とともに丸められる。
「身だしなみくらいちゃんとしろよ」
そう言って立ち上がり僅かに笑ったルルーシュの顔はいつもと同じだった。
だから僕も。
「なるべく気をつけるよ」
と言う。
表面を滑っていく言葉たち。
もう僕は君に僕のいつかの本当、を。
口にすることはないと決意しているのだと。
心の中だけで呟いた。
end