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束の間ばかりの密かな憂鬱

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昼時にざわめく教室からこっそりと抜け出した武羅渡は、じめじめと苔の生えた校舎裏に来ていた。
武羅渡がそこに陣取るのは特別に尾刈斗の校舎裏が好きというわけではなく、ただそこがトイレよりもマシな誰も来ない場所だから、という消極的な理由からである。
昨日の雨の水溜まりが所々に残るなか、腰を落ち着けられる乾いた箇所を探す。
少しばかりふらふらとさ迷って、結局家庭科室のベランダの階段に深い紺色のスカーフを広げそこに座った。
学生鞄から細かい銀細工のあしらわれた円形の器が取り出される。続けざまに出されたのは清潔なナプキンに包まれた、器と同じ細工のナイフとフォーク。
このロケーションには余りに不釣り合いに思われる豪奢なそれらを武羅渡は慣れた様子で極自然に扱う。
指紋一つ無い銀の器の蓋を開ければ、紅い薔薇の花が整然と並べられていた。


束の間ばかりの密かな憂鬱



それは武羅渡にとっての“お弁当”である。
武羅渡には吸血鬼の血が混じっている。曾祖父だか、高祖父だったか、それすら曖昧になる昔の話だ。その血は昼間でもほぼ問題なく行動できる程には薄まってはいるが、その代償を負うかのように武羅渡は人間の血液と薔薇の花弁以外は受け入れられない身体になっていた。

血の色を連想させるその薔薇に、武羅渡は静かにナイフを入れる。
薔薇から切り離された一枚の花弁。
真っ赤なそれを器用にフォークで掬って躊躇いなく小さな唇へと運んだ。
咀嚼。嚥下。再びナイフで薔薇を切り分け、口に運ぶ。
薄暗い校舎裏に漂う噎せ返るほどの薔薇の芳香。
一片、ひとひら、削られてゆく過程すら薔薇本来の美しさが殺がれることなく武羅渡の異常な食事は進む。
最後の一口を飲み込んで、食器類を再び鞄へと静かに仕舞うと、先程食した薔薇の丁寧な扱いとは一転、コンビニのビニール袋に雑に包まれた輸血パックにストローを刺し、渋々といった感じに口を付ける。
誰の血かも分からないこんなもの、誰が好き好んで飲むものか。
自分で「食材」を選べれば良いかといえばそうでもない。遠い昔のように人を襲って血を啜るなんて、現代ではナンセンスにも程がある。吸血鬼として受け継いだのはこの妙な偏食と金色の髪、赤い眼だけで、蝙蝠に変わることも皮膚を裂く程の鋭い牙も持ち合わせてはいないのだ。
そもそも血液自体好きではない。トマトジュースと誤魔化すのにも限界があるし、何よりもこんな輸血パック、薔薇と比べてなんとまあ俗っぽいことか。
飲み終わった輸血パックを溜息を吐きながら握り潰したところで昼休みの終了を告げる鐘が鳴る。
入学したばかりの中学でも、こんなこそこそとした生活をまた3年間こうして耐え忍ばなければならないのか。
せめて理解者が一人でもいてくれれば楽になるのに……それも、所詮無理な話か。


そんな憂鬱を吹き飛ばしてくれる仲間が一人と言わず、十人以上出来る事を未だ知らない武羅渡は、己の未来を憂いて長い長い溜息を吐き出した。