三千世界の鴉を殺し
勉強とバイトに追われて恐ろしく忙しかったから生前よりは大分余裕があるが、毎日戦線の仲間と戦っているのだから、俺のイメージしてした死後の世界のイメージからすればかなり忙しい。
忙しいと言っても、ここでの忙しいは生前の忙しいと違って楽しい意味合いの方が強いのだが。
死んだ後は無になるだとか成仏するだとかでこんなに忙しいとは思っていなかったし、第一に死後の世界なんてものは無いと思っていた。
ましてや死んでからも学校に通うだなんて、死ぬ前は思ってもみなかった。
いや、死んだとはまた違う、のか?死んでいるけど死んでない。現実での身体は死んでいるが、幽霊でも無く身体が存在しているし、生前の記憶も有って自意識が存在している。
現実では死んでいるが、今ここで俺は生きている。死の定義がよく分からなくなる。
死と生の狭間、とでも言うのだろうか。死んでいるのに生きている。生きているのに死んでいる。プラスして、死んでも死ねない。全くおかしな世界だ。
でも中々どうして悪くないんだな、これが。
死んだのはさ、そりゃあ無念だよ。それにここでは死ぬ程痛くても死ねないし。
けど、何でかね。結構楽しかったりするんだ。
「なあ日向、俺成仏しちまうのかなあ」
「あ、何だよいきなり」
まだ俺達以外誰も来ていない生徒会室で二人、何をするでも無く他愛もない話をしたりぼうっと同じ空間で過ごしていた中、ふっと思い付いたまま口に出す。
唐突な話題に日向は目を丸くして、何考えてるんだこいつは、みたいな、懐疑的な視線を送ってきた。青みがかった瞳が不安げに揺れる。
「いや、満足すると成仏するらしいじゃん」
「そうだけど……お前、満足してるのか?」
俺の軽い口調に安心したのか、日向も軽く俺に問う。
「満足してるかどうか聞かれると謎だけど、何だかんだでここ、楽しいからさ」
戦いは嫌だし、痛いのも嫌だけど、皆と過ごす時間は楽しかった。
勉強とバイトで遊ぶ暇なんか殆ど無かった。だからこうして、友達とぐうたらするなんて普通の日常が楽しかった。
「ああ、俺も生前より、こっちで仲間と居る方が楽しいな」
「だからさ、毎日楽しくやってたらフッと消えやしないかって、ちょっとこえー」
ミジンコやらフジツボやらに生まれ変わるのは怖かないが、何と言ったら良いのか、言いようの無い漠然とした不安感。
成仏するのは怖くない。何が怖いのかよくわからない。
「大丈夫だろ、多分。ここが楽しいから消えたくない。それで留まれるんじゃねえ?」
からから笑って楽しげに言う日向を見て、俺も釣られて笑ってしまう。
笑った顔が向日葵みたいだなと思った。
こいつの笑顔を見てると、何だかほっとする。
「多分ねえ。お前が言うと不安のような、安心するような」
「おい、褒めてんのかけなしてんのかどっちだよ」
不満げにぶうたれる日向にくつくつ笑う。ああほら、楽しい。
「お前と居ると楽しいよ」
本心から零れた言葉だった。
俺がこの世界で楽しくやれている理由には、日向の存在のお陰もかなりある。
「コレなのか?」
「ちげーよ」
オカマのポーズをして茶化す日向とのいつものやり取り。
二人で馬鹿言い合ってげらげら笑った。
そうして一通り冗談を言い合った後、日向が茶化すような調子で無く、笑って言った。
「俺もさ、お前と居ると楽しいよ」
にかっと、いつもの向日葵のような笑顔で。
本心から言っているのが分かる言葉だった。
「コレなのか?」
「ちげーよ」
照れ隠しに日向に言われた台詞を返せばさっきの状況とは反対の押し問答。二人してまたげらげら笑う。
こうして二人で馬鹿をする時間が、楽しかった。
「……消えるなよ」
冗談抜きに、真面目に言う。
成仏するのが悪いってんじゃない。分かってる。ほんとは成仏すべきなんだ。
でも消えて欲しくなかった。矛盾だ。そう思うんだから仕方ない。
「お前こそ」
にっと口角を上げて言う日向に、同じく口角を上げて日向を見詰める。
真面目な顔して見詰め合っていたらどちらからともなく何だか笑いが込み上げてきて、噴き出してげらげら笑った。
向日葵みたいな日向の笑顔を見て、何だかまだ消えたくねえな、と思った。
(三千世界の鴉を殺し)
ずっとこうして居られたら