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指切り

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「指切りって遊女の心中立てだったんだよね」
部屋の静寂を裂き、唐突に餓鬼が言った。
「いきなり何だ」
することも無くぼうっと吸っていたパイプを口から離し、声のする方向を向いて問う。
今まで押し黙っていたかと思ったらいきなりの突飛な発言に少しばかり驚いた。
この餓鬼はいつも突飛だから慣れたものではあるが。


「じじいは俺の小指いる?」
見えなくとも、何と無しに餓鬼がこちらに手を伸ばしたのが分かる。
「いらねえよ」
小指が無かったら感覚が狂ってサマをするのに不便になりそうだな何てぼんやり思いながら、差し出された餓鬼の手を掴む。左手だ。
親指、人差し指、中指、薬指と触っていき、小指に辿り着いてそれを自分の指の腹でなぞった。
小さい指。小指だから当たり前だが、それにしたって大人と較べたら幾分小さい。
このまま力一杯捩ってやれば簡単に折れそうだ。


「なんだ、つまらないな。あげても良かったのに」
餓鬼の小指を握る儂の手に、餓鬼のもう片方の手が触れる。
「そんな血生臭いもんいらねえよ」
血生臭い、と自分で言って、この餓鬼には似合う言葉だと気付く。
鉄の臭いがするような血生臭いこの餓鬼には、指切りという言葉がよく似合う。
尤も心中立てなんて重苦しい愛の証の意味では無く、やくざの指切りの方の意味でだが。


「何か欲しいもの無いの」
「何なんだ急に、気色悪い」
何を企んでいるんだこの餓鬼は。
あまりにもこの餓鬼らしくない、餓鬼らしい質問に顔を顰てしまう。
「別に。たまにはじいさん孝行でもしてやろうかと思って」
餓鬼の気まぐれか。いつもながら突飛だな。
こんな風に欲しいものを聞かれるなんて何年ぶり、否、何十年ぶりでは無かろうか。


「ふん、盲にゃ形に残るもんなんて必要無いさ、どうせ見えんのだから」
空の色などとうに忘れた。
青とは、赤とは、どんな色をしていたか。
薔薇とは、菫とは、どんな形をしていただろうか。
儂の知っている記憶の世界からどんどん移り変わっているだろう現実の世界。
色褪せた過去と、色の無い現実。
虚しさは無い。これが何十年も儂の「普通」になっているのだから。


「卑屈な爺だな。見えなくてもその分あんたは他の五感が発達してるんだ、触れるなり嗅ぐなり出来るじゃない」
「何をそんなにこだわっとるんだね。別に何も要らんよ」
呆れ半分にそう返すが、餓鬼は儂の話なぞ聴く耳持たずと言うように、何が良いかな、何て勝手に話を進め出した。
「本トはそんな事無いでしょう。あんただって人間なんだから欲しいものくらいある筈だ」
人間なんだから、と言う言葉に少し笑った。この餓鬼に言われたか無い。
この餓鬼も鬼や悪魔では無く人間なんだと、当たり前で分かり切った事実を思い出されて、自分もまたただの人間なんだと当たり前に思い出す。


「その理論からすると君にも欲しいものがあると言うことになるが。お前に欲しいもんなんてあったのか」
「それくらい俺にだってあるさ。爺は俺を何だと思ってんだよ」
俺だって人間だ、と笑う餓鬼の言葉には、そうであってほしい、とでも言う希望のようなものが窺えた気がした。
笑った声は年相応で、こうしているとただの餓鬼だなとしみじみ思う。


「何が欲しいんだね、言ってみろ」
「爺が言ったら言うよ」
くく、と何か良からぬ事でも企んでいるような含み笑いで返された。
暫く思案してみたが、この餓鬼の欲しいものだなんて全く考えも付かない。
普通の餓鬼なら本だのコマだのメンコだの、大体そんなもんだろうとは思ったが、儂が餓鬼の頃の餓鬼と今の餓鬼とは違うから普通の餓鬼の欲しいものすらいまいち分からない。普通の餓鬼の欲しいものすら分からないのだからこの餓鬼の欲しいものが分からなくても当然か。


「言ったらくれるのかね」
「何だってやるさ」
自信満々な餓鬼の言葉に、少し困らせてやりたくなって意地の悪い返しをしてやる。
「儂は色が欲しい」
空の色、椿の色、菫の色、餓鬼の髪の色、口唇の色、肌の色、爪の色――
青とは、赤とは、どんな色をしていたか。
真っ黒い闇の中、思い返す過去。
ぼんやり思い浮かべる空、世界。
そして今の情景を浮かべる。
畳、障子、机、パイプ……部屋の様子は何と無くに分かっても、餓鬼の姿に色が付けられない。
餓鬼の顔を深く皺が刻まれた手で触る。
頭、瞼、鼻、口唇、頬と、指で、手の平で覆うように、撫でるように、包むように辿っていく。
大体の形はこうして触れば分かる。だがな、色が付かないのさ。
新しい記憶には色が付かない。知らねえんだから、付けられないのさ。
餓鬼が何と返すのか興味があった。
大体の人間なら、ばつの悪そうな反応をして答えに詰まったり、聞いて済まなかったなどと返すだろう。


「なんだ、簡単じゃねえか」
予想に反して、餓鬼は呆気なくそう言った。
そんなことで良いのか、とでも言うように。
「別に色なんてさ、自分でこれが青だって思えばそれが他の奴が赤だって言っても青だって思えばそれが青だろ。何だって良いと思うけど」
くつくつ笑いながら、餓鬼は自分の頬に触れた儂の手の上に手を添える。
真っ直ぐ儂の目を見据えているのが、見えなくても分かった。


「……でも爺が色が欲しいってんなら、俺が爺の目になってやるよ」
真っ直ぐな、嘘も偽りも無い餓鬼の言葉。
「爺の目は灰色っぽいな」
くつくつ笑いながら、何が面白いのかおかしそうに笑う餓鬼。箸が転んでも笑うお年頃、ってか。
「……じゃあ聞こうか、お前の色は何色だね」
「そうだな、肌は肌色で、口は薄い赤で、髪は白で、目は爺と同じ灰色」
想像の中の白黒の世界が、ぽつりぽつりと色付いていく。
とっくに忘れた色が思い出せていく。そんな気がした。
何と言って良いのか分からなくなって、ただ口を噤む。
餓鬼に一本取られた。


「目になると言っても、いつまでもお前が居る訳じゃないだろう」
悔し紛れについついまた意地の悪い事を言ってしまう。
嬉しかっただなんて、言ってしまったら負けてしまうような気がする。
「爺が飽きるか死ぬまで目になってやるさ。ねえ、ちょっと手貸して」
儂の手を取り、餓鬼は儂の小指に指を絡める。先程触れた、小さな小指。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った。ふふ、こんな時の為の指切りだ。約束」
餓鬼の笑い声を聞いて、また何も言えなくなってしまった。
勝てる気がしない。儂の負けだよ。
「……それで、お前の欲しいものは」
「ああ、それか」
思い出したように呟く餓鬼。
何もかも持っているような、何もかも持っていないような、物欲の無さそうなこの餓鬼は何が欲しいのだろうか。


「爺の色を、頂戴」
ふっと顔の側の空気が揺れる。
空気を切って、餓鬼の顔が近付いたのが分かる。
口唇に柔らかい熱。
「色って言っても、違う色だけど」
くつくつ笑って、儂の首に餓鬼の腕が回された。
「ねえ、しようよ」
ねだる小さな声が鼓膜を擽る。
「……死ぬまでくれてやるさ」
甘い色に浮かされて、餓鬼の色を求めるのだった。












(指切り)
約束された色に満ちた世界
作品名:指切り 作家名:水部