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世界は美しいですか?

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「世界は美しいですか?」



side:スガワラ


「この世界は、美しいですか?」

そう問いかけてくるVOCALOIDには、瞳がなかった。




「じゃ、行ってくる」
「行ってくるわね、カイト」
「行ってらっしゃい」

女房と二人、青い髪のVOCALOIDに声を掛け、俺はドアノブに手をかけた。

「スガワラさん、今日は遅くなるんですか?」
「あー、分からん。遅くなるようなら、電話するから」
「はい」

こちらを見つめるガラス玉に、視線を逸らす。
カイトには視力がない。以前の所有者が、目を潰してしまったから。
今は、見栄えを考えて義眼を入れているが、本人に視覚野を修理する気はないようだ。

「火、気をつけろよ」
「鍵、締めておくからね」
「はい。行ってらっしゃい」

見えていないと分かっていても、俺はカイトに頷いて見せる。



カイトは、知り合いの修理工から引き取った、娯楽用アンドロイドだ。
所有者が入院した為、廃棄されるところだったのを、俺に引き取らないかと打診してきたのだ。


「無理にとは言わない。でも、あいつに、もっとマシな生き方があるってことを、教えてやって欲しいんだ」


夫婦二人の暮らしには、多少の余裕がある。
女房は、以前から子供を望んでいたこともあり、カイトを迎えることに賛成してくれた。

多少、問題があると分かってからは、尚更。


前の所有者は、カイトを手に入れてすぐ、カイトの目を潰して、部屋に閉じこめたらしい。
何故そんなことをするのか、俺には分からない。
だが、カイトにとっては、所有者のすることは絶対で、今でも、自分の目を直すことを拒否していた。

自分が廃棄される寸前だったことも知らずに、前の所有者が迎えに来ると信じている。

初期化すれば、俺を所有者と認めるだろうけれど、それをすれば、「カイト」ではなくなる。
それでは、意味がなかった。


今の「カイト」に、教えてやりたかった。
お前には、幸せになる権利があると。


俺には、その義務がある。
前の所有者は、縁を切ったとは言え・・・俺の兄だから。


偶然だろうが運命だろうが、どちらでもいい。
俺は、「カイト」を幸せにしてやりたかった。



仕事を終え、家に帰る。
今日はさほど遅くならなかったので、カイトには電話していなかった。

「ただいま」

鍵を開け、玄関を開ける。
明かり一つついてない廊下に、手探りでスイッチを入れた。

「おーい、帰ったぞ、カイト。今日は、俺が夕飯つく・・・」

今に入ると、カイトが床に座り込んでいる。

「カイト?どうした?具合でも悪いのか?」

隣にしゃがみ込むと、カイトはのろのろとこちらに顔を向けて、

「電話・・・」
「ん?母さんからか?遅くなるって?」
「病院・・・マスターが・・・ますたっ・・・亡くなっ・・・亡くなったって・・・!」

そう言うと、突然カイトは立ち上がり、玄関へと走り出した。
不意をつかれて、尻餅をつく。

「おい!カイト!!」

後ろ姿が玄関をすり抜け、闇の中へと消えていった。

「カイト!!」

俺も、慌てて玄関に向かう。
急いで靴を履き、外に出て左右に視線を走らせた。
白いコートが、角を曲がっていくのが見える。

「あの馬鹿っ!!」

向こうは車通りが多いから、一人で行かないよう言ってあるのに。
全力で駆け出し、カイトの姿を追った。


一人で、何処へ行こうというのか。
病院へ行くというのか。

自分の目を潰して、あげくに捨てた奴の元へ。


「カイト!戻れ!!」

目が見えないと言うのに、カイトは躊躇いなく駆けていく。
信号が点滅する横断歩道を、がむしゃらに走り抜けるカイトを追って、俺は周囲も確認せずに飛び出した。


甲高いブレーキ音と、目がくらむような衝撃。
スローモーションの映像を見ているように、景色が反転し、流れていく。
ぼんやりとした意識の中で、カイトの声が聞こえた。


『この世界は、美しいですか?』


ああ、綺麗だよ。綺麗なものが、沢山あるんだ。
お前にも、見せてやりたいものが・・・沢山あるんだ・・・



次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上で、真っ先に女房の顔が見える。

「カイトは?」
「ヨコヤマさんのとこ。あの子、すごい動転しちゃって、危ないからって、連れてった」
「そうか」

ヨコヤマは修理工だから、俺よりもカイトの扱い方を分かっているだろう。

「あのな、カイトの」
「分かってる。お兄さんのこと、聞いたから。葬儀、お義姉さんの方で出すって」
「ああ、そうか」

俺は、枕に頭を落とすと、

「そうか。俺は、出れないな」

それだけ言うのが、精一杯だった。




数日後、ヨコヤマが病室に訪ねてきた。

「よう。しばらく面会謝絶かと思ったぞ」
「そこまで重傷じゃない。向こうも、スピードをあげてなかったようだし」
「相手も、いい迷惑だな」
「全くだ。悪いことしたよ」

ヨコヤマは、椅子を引っ張ってきて座ると、

「カイトのことだけどな」
「大丈夫か?落ち着いたか?事故のこと、気にしてるだろ」
「ああ、本人も思うところがあったみたいだな。自分の目を直して欲しいって、言ってきたぞ」
「え?」

驚いてヨコヤマの顔を見る。ヨコヤマは頷いて、

「それで、お前に許可を貰いにきた。勝手に修理するわけにいかないからな」
「それは、もちろん。カイトがいいのなら」
「そうか。まあ、そういうと思って、部品は揃えてある。明日には連れてこれるから、楽しみにしとけ」
「あ、ああ。分かった」



俺の怪我はそう大したことがなく、10日ほどで退院できた。
たまった仕事を片づけ、今日は久々に、女房とカイトを連れて、近くの公園へとやってくる。

「マスター!向こうに噴水がありますよ!」
「ほらほら、あんまり急ぐと転ぶぞ」

はしゃいで駆けだしていくカイトに、俺は声を掛けた。
女房と二人、噴水まで歩いていくと、カイトは日差しを反射する水しぶきを、うっとりと見上げて、

「綺麗ですね、マスター」
「ああ、綺麗だな」

カイトは、くるっと振り向くと、

「この世界は、美しいですね、マスター」

そう言って、にっこりと笑う。

「そうだな。綺麗なものが、沢山あるんだ。沢山、見ていこうな、カイト」



『この世界は、美しいですか?』

ああ、勿論だ。



終わり
作品名:世界は美しいですか? 作家名:シャオ