お題:酒の強さ
流石に天才と呼ばれる自分でも予想が出来なかった。
「ヒーカルー、光ー」
「ちょ、先輩…体重かけんといてください」
ユウジ先輩が小春先輩に振られた、と俺の家へ愚痴を言いに足に運ぶのは初めてではない。
何度も繰り返している事でお互いが慣れすぎていたせいもあるのだろう、この不注意は。
アルコール臭が漂っていたため窓を開けようと、立ち上がろうとすると思い切り腰を捕まれ、それは阻まれてしまった。
どんだけ手がかかるのだ。この先輩は。
「先輩、ちょっといい加減に…」
「いややー、離さへんで!」
元々彼も自分も酒を飲みたいわけでもなかった。
喉が渇いた為、冷蔵庫の中から適当に持ってきた飲み物類の中に偶然、一本だけチューハイが混ざっていただけである。
それに全国大会前という事もあって明日も朝から練習が予定されている中、慣れない物を飲んで体調を壊すほど自分もこの先輩もアホではないはずだ。
だから恐らく彼が手にしたものが酒だということに気づかなかった事も、一気に口に運んだ事も、彼にも俺にも悪意はなかったはずである。
誰に言い訳しているのか訳が分からないが、そう余計な事でも考えていないと彼の今の状態をすんなり受け止める事はできなかった。
先輩は俺をまさに抱き込むような形で何かブツブツ呟いている。
その8割が「小春」という単語であることに少し苛立ちながらも、今の状態はきっと彼に出会ってから現在までの中では最大級の幸せであるのだろうと思う。
叶わない恋心ほど苦しく、そして忘れられないものはない。
この人のことを俺は、好きだ。
「先輩、ほら水でも飲んでください」
「…なーヒカルー」
「何ですか?」
「お前は優しいなあ」
そう言ってユウジ先輩はニヘラッと微笑み、俺の手から水をとって口に運んだ。
本当にこの人はずるい人だ。
あなたは知っているのだろうか?
その水が俺の飲みかけで、その事実に俺ばかりが胸を高鳴らせている事を。
水を取る瞬間、ふと頬に触れたあなたの髪の柔らかさに目を細めたくなるくらい嬉しくなった事を。
「先輩」
「んー?」
「小春先輩のこと、好きですか?」
俺は魔法の言葉を呟く。
自分に希望がないことを知るために、望みなんか持ってはいけないと言い聞かせるための言葉。
あなたの幸せを祈るために。
あなたの笑みを消さないために。
「当たり前や!」
先輩は迷うことなくそう言って放ってまた笑った。
ちなみにこれで魔法は完成。
俺の顔から熱が引くのを感じて、痛む胸に気づかないようにしたまま俺は安堵のため息を吐いた。
しかし先輩の手が触れたままの腰から熱が引く事はない。
もう限界が近い証拠なのだ。
繰り返していけば何でも効果が薄れる、それは必然。
この魔法の抵抗力が切れるまで、あと、どれくらいなのだろうか?
俺がこの人に与えて上げられる幸せは、きっと離れる事だけだ。
俺の幸せとこの人の幸せが結ばれる事はない。
それは小春先輩のせいじゃなくて、ユウジ先輩のせいでもなく、ただ俺がこの人を壊したいくらいに好きでいるせいで。
ふと一人考えながら先輩の髪を撫でる。
心地良さそうに目を細めた後、先輩は慣れないお酒のせいなのかいつも以上に直ぐに寝息を立て始めた。
「好きや…」
足元で眠る先輩に俺は落とすように言葉を零す。
何となく先輩の肩が少し揺れたような気がした。