安寧、ことごとく
「何言うとるんですか。先輩がこうしたいって言うとったじゃないですか」
穏やかな日曜日の午後。久しぶりに部活がお休みの天気が良いそんな日。
俺は久々に後輩で尚且つ恋人でもある光に、何処かに遊びに行こう!と所謂デートのお誘いをしたのが一昨日…金曜日の事だ。俺と光がこういう関係になってからも当然部活は休日含め毎日のように行われていたため、1日丸々二人きりで過ごす休日は初めてである。
…恥ずかしい話だが楽しみすぎて昨日の夜は余り眠れなかった。
二人ともインドアなタイプであったため、デートスポットは自ずとどちらかの自宅ということになり、たまたま家族が全員出掛けた我が家に光を呼んだのはいいのだが…
いきなりベッドに組み敷かれるのは予想外だった。
「確かに一緒にいたいとは言うたけど…!つかおてんとさんはまだまだ真上に居るんやで!」
「はあ…まあ働きモンですね。さっさと堕ちろや」
「お前、無料奉仕で生きとし生けるものの為に頑張るおてんとさんに何つー言い草や!」
少なからず光は我が家に足を踏み入れてから恐らく50歩も歩くことなく、俺のベッドへと直行したはずだ。ウチは健全なる個人住宅のはずで、決してラブホではない。
テレビでDVDを観ようとか、ゲームしようとか、色々用意していたリビングにあるはずの準備品が泣いている声が聞こえるような気がする。これで出番は終わりか、と。
光は俺の上にまるで乗りかかるような体制のまま、ふと口を開いた。
「別に今すぐヤりたい訳じゃないっすわ。(ヤリたいのは山々やけど)」
「え…!?つか今薄っすら何か聞こえたで」
「ただ、こうしてた方が先輩に一番近くおれるやないですか」
いつもの光からは中々で無い発言にビックリした俺が目を丸くしていると、光は何かつまらなそうに眉を顰めて俺の首元に顔をうずめる。
中々反応を見せない俺に対しての彼なりの甘えただ。
首元に当たる普段はワックスで固めてある光の髪の毛が、今日は何も付けていないおかげで柔らか過ぎて何だかくすぐったい。思わず口元から笑う声が漏れてしまうと、光は顔を上げて何だか不思議そうな表情をしながら首を傾げた。
「先輩?」
「いやー、すまんすまん。ちょっと色々考えてただけや」
「俺の事ですよね?」
「当たり前やろ。…他に何考えろっちゅーねん」
小声で俺が呟くと光は一瞬驚いたように目を大きくさせた後、普段見せない綺麗な笑顔を見せた。
そしてそのまま俯くようにして俺の唇に小さく口付けを落とす。
「なら、ええです」
金ちゃんが見せる元気な微笑でもなく。
小春が見せる可愛い微笑みでもなく。
光らしい控えめだけれど嬉しそうに頬を緩ませるその笑顔に俺の胸は大きく鼓動を打つ。
普段、光は感情表現豊かなウチの部では逆に目立つ位に表情表現が希薄なタイプだった。
別段感情が薄いわけではないのだろうが、単純に顔に出ないタイプなのだろう。
つまり、そう考えると今の光の心中は思わず笑みがあふれ出してしまうくらいに幸せだということで…逆にこっちが恥ずかしくなってきてしまった。
「お前、マジ、その笑顔反則やわ」
「惚れ直しました?」
「…確信犯っつーわけか」
「だって先輩だけじゃずるいっすわ」
「はあ?」
「人気の無い・先輩の匂いがする・先輩の家で・先輩が・かわええ」
光は俺の耳に口を近づけ、息を吹きかけるように呟いてくる。
その感触に思わず反応してしまう自分の性に少々泣けてくるが、それよりも光のこの二人きりになったとたんに見せる普段とは真逆の饒舌っぷりはどうにかならないのだろうか。
「お前、男に“かわええ”はないやろ」
「事実やないですか」
「普通は“カッコええ”やろ!」
「先輩はカッコええし、かわええですよ?」
さっきの綺麗な笑顔とはまた違って、小悪魔が垣間見えるようにニッコリ笑うと光は相変わらず手を俺の頬に固定したまま俺の横に横たわった。
「ホンマ、光の本性を謙也や白石に教えてやりたいわ」
「惚気か、って言われて終わりですよ」
そう言って光はニッコリ笑った。
恐らく彼の言っている事は間違いないし、そもそも「惚気」だということも間違いないのだろう。
いつぞや似たような事を小春に言った時、それはもう嬉しそうな笑顔で『光(ハート)ユウくん日記』に何か書き込んでいた覚えがある。どんだけプライバシー侵害しているんだ。
…まあ小春を責める事なんて俺には出来ないのだけれども。
「早くおてんとさん仕事終えてくれへんかな」
「そやなー…ってあかん!あかんで!」
「先輩もヤる気っすね」
「ちゃ!…う…訳や無いんだけど、でも!そん…なあからさまに…!」
「はいはい…じゃあおてんとさんが落ちるまで、キスで我慢しときますわ」
光は俺の返答を待つことなく、唇に食いつくように体を近づけてきた。
…この様子じゃおてんとさんの仕事終了まで持つわけ無いだろうなあ。俺も、光も。
そんなこと思いながらふと窓の外に目をやると、おてんとさんがまるで「仕方ないなあ」と言うかのように厚い雲のカーテンでその身を隠していった。
急に暗くなったの部屋に光のピアスだけが小さく漏れ出る太陽光を反射するが、キスでそれも見えなくなる。深くなるそれは、“夜”の合図だ。