またね
今のアタシにあの世界は似合わないのだから。
ユウ君はアタシの事が大好きだ。大好きなんてところじゃない。依存の一歩手前にまで来ている。
いつだってどこだってTPO関係なく愛を呟くし、正直アタシがいなければユウ君は死んじゃうんじゃないかって思う時があるくらい。周囲の人間もそんなユウジの危うさにどこと無く気付いているのか心配そうな顔を浮かべたことはあるけれど、『私達』の事を第一に考えているのか言葉に出す事は無かった。
何時の日か問い掛けた事がある。アタシがいなくなったらどうするん?って。
ユウ君は凄くショックを受けた表情をした後、震えながら涙をホロホロ流してしまった。
想像したくないって。辛いって、言葉を何個も何個も零して私にすがりついた。
光が言うとった。小春先輩はユウジ先輩が重くないんですかって。
ハッキリ言われてさすがのアタシもビックリやわ。でも…あの子正直者やから。それですごく優しい子。
この状態が続けば、ユウ君もアタシもボロボロになってまうって知ってるから敢えて厳しく問い掛けたんやと思う。
鉄板コンビとしてのアタシ達ではなく、ユウ君を愛してくれる光の登場は本当にありがたかった。
アタシはね、ユウ君が大好きなんや。
可愛い子。こんなアホでズルいアタシを愛してくれた素敵な男の子。
でもねウチ、無駄に頭がええから分かるんよ。あの子がどれだけアタシに永遠の愛を誓っても、その色がいつか色褪せてしまうだろうってこと。怖かったのかもしれないわね。
あの子はいろんな人に愛されてる。たくさんの幸せを掴める。
少なからずあの子の傍で何時も佇んでいたあの子は、いつもユウ君のことを考えてくれているはずで。アタシはまっすぐ愛せないんよ。それにウチの愛で束縛する気なんかない。
アタシはきっとあの子を幸せにできない。
だからアンタとはおしまい。
「…小春先輩」
「何で光が泣くんよ」
「小春先輩の幸せはどこにあるんですか…?」
暗がりの教室の中、足元にビリビリに破られた進路票が落ちている。
ちぎれた欠片から読む「東京」の文字はあの子の涙で濡れていた。直前に飛び出していったあの子の。
数時間前にもらったばかりの卒業証書は足跡だらけ。あーあ、オカンに怒られてまうな。
怒ったあの子に殴られて出来た口元の傷が痛み、アタシは少しだけ眉を顰めた。
「あるやないの…ウチはあの子が笑っとるだけで幸せや」
アタシの傷の治療をしている光の手は小刻みに揺れていた。本当なら飛び出した恋人の後を追いかけたいだろうに、アタシのことを放っておけないと押し出すアタシの手を無理やり掴んで近くの椅子に座らせてくれた。
彼の瞳はどこか揺れていた。全国大会で負けたときも涙の一粒も流さなかったというのに…この子の涙腺発動条件は分からないわ。
それにこの子にだけはアタシの進路を教えといたから、こういう日が来る事をどことなく知っていたはずなのに。
ホンマ、優しい子。
でもね、光。アタシ安心しとるんよ。ユウ君がアタシを怒って殴った事。
昔のユウ君ならきっと「小春が言うなら」って無理やり笑顔を繕っていたと思う。
ウチの機嫌を損ねないように、ウチに嫌われないように、恐る恐るしていたあの頃なら。
でも今日のあの子はアタシを殴って感情をむき出しにした。ねえそれって知ってる?
お友達っていうんよ。
「ねえ、光。ユウ君を頼むわね」
「…そんな託し方お断りっすわ」
「ホント、最後まで生意気な子やわ。…でもおーきにね」
「…頼まれたつもり…ない」
光はそう言って消毒液の入ったボトルをコトンと静かに机へと置いた。
彼の手はゆっくりと目元へと伸び、グッと溢れ出たのであろう雫を拭い上げた。
この子ならきっと平気。アタシのように歪んだ愛情やなく、まっすぐにあの子を愛してくれるから。
ねえユウ君。アタシはね。
あんたと一番のお友達になりたかったんよ。
それなら離れてもずっと一緒。
変わらないものがそこにはある。
だから今日笑って、この学校を去れるわ。
「ユウ君に伝えておいてくれる?『またな』って」
笑いながら立ち上がって出入り口に向かうアタシを光は止めなかった。その代わり彼の置いた消毒液が床へと派手にぶちまけられ、ただ背後にぶつけるように静かな嗚咽が聞こえるだけ。
本当に光は優しい子。本当にユウ君を愛している子。
ユウ君が傷つく事に傷つけるそんな素敵な男の子。
ゴメンね、アンタまで傷つけてしまって。
でも許して?アンタにユウ君はあげるから。
教室の窓からは桜が散り行くのが見える。
私は小さい春の子。散り際だってキレイやないといけないんや。
だからゴメンね、ユウ君。