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君のとなり

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俺とユウジ先輩が二人で部室に残る事は特に珍しい事でもなかった。
小春先輩は生徒会にも所属している為忙しそうにしているし、俺の相方である謙也さんは白石部長と同じクラスという事もあり、彼ら二人で行動している事が多い。
副部長と師範は遠山に世話にかかりっきりで、千歳先輩は部活への出現率が半端なく低い。
そういう部員の個人行動を総括して考えると、俺たちが一緒になってしまうのはある意味必然で。
単純に今まで二人で長い時間を過ごした事がないせいか、特に会話もする事なく「お先に」と俺に方が先に部室を後にしてしまうのが日常だった。

ただ、今日だけは少し違って。

「ひかる」

部活も終了し、いつもならさっさと帰ってしまうのだが、何だか不思議と気が進まずに俺は部室の片隅にあるソファーに座り込む。
そしてポケットから出した音楽プレイヤーを操作しながら、イヤフォンを耳にはめ込もうとした時だった。
ユウジ先輩の声が頭上から聞こえ、その声に釣られるようにして顔を上げると、そこには表情ひとつない先輩が立っていた。
無表情…というよりは、表情を作るのをやめてしまったような気が抜けた顔。
普段、表情をコロコロ豊かに変える先輩とは思えないほどだらしのない顔だ。

もちろん付き合いが浅い俺は、こんな先輩を見たことない。

「先輩?」

俺の尋ねるような声には何も返す事なく、ユウジ先輩は俺の横にストンと座る。
いつもとは違ってオーラ一つない無音の先輩を少々不思議に思うが、特に不快でもなかったため俺はそれ以上先輩に話しかけることはしなかった。

カチカチと俺が音楽プレイヤーをいじる音と、時折ソファーから聞こえる軋み音だけが部室に響き渡る。
10分前まで部員で賑わっていた部室とは思えないほどだ。
その賑やかさの中心にいたのは紛れもなく俺の横で今静かに座っているユウジ先輩である。

15分程間を空けたあとだった。
ユウジ先輩がふいに口を開く。

「お前の傍って居心地ええなあ」
「…はぁ」

先輩の意味の分からない突然の発言に、俺の口から出たのはアホみたいな声だった。
音楽プレイヤーから目を離し、先輩の顔を見遣ると、いつの間にかこちらを見ていたのか思いっきり目が合ってしまい、思わず気まずさで視線を逸らしてしまう。

「俺、静かなんが嫌いなんや。つまらん、って言われてるみたいで。でも、お前どっちにしろ俺のこと嫌いやろ?なら黙り込んでても変わらんし」
「それ、褒めとるんですか貶しとるんですか」
「褒めとるよ!お前の魅力は俺が嫌いなことや!」

先輩はそう言って俺の顔に向かってビシッと指をさした。
生まれてこの方、この難しい性格が災いとなってトラブルになることが多々見受けられたが、こういう風なトラブルは始めてである。
少しだけ混乱する頭を整理しながら、俺は音楽プレイヤーをポケットに戻し、先輩の方に視線を向けた。

「別に俺、ユウジ先輩の事嫌いやないですけど」
「いや、お前は俺が嫌いなはずや」
「本人が『そうやない』って言ってるんですけど」
「いやいや嫌いなはずや。そうやないと、『お前の横が居心地ええ』っておかしいやろ。俺がお前のこと好きみたいやん」
「…そうなんじゃないですか?」
「ア、アホ!んなことないわボケ!」

先輩はそう声を張り上げて急に立ち上がったと思えば、ドアの方にズンズンと歩いていってしまった。
帰るつもりなのかもしれないが、バッグはどうした…と心の中で先輩の背中を見つめながら突っ込みを入れていると、不意に先輩の足が止まる。

「帰らんのですか?」
「…お、お前が淋しそうな顔しとるんやろ」
「はぁ」
「しゃーないから、一緒に帰ってやる!」

そう言って再び俺の顔を指差した後、先輩はいまだソファーに座り続けている俺の手を引っ張り上げた。
不意に触れた先輩の手は冷たいのに、ふと見えた頬は真っ赤で思わず吹き出してしまうと、先輩は不思議そうな顔で俺の顔を見つめてくる。

「いや、俺もまあ先輩と一緒にいるの嫌いやないですよ」
「…今までさっさと帰っとった奴がよう言うわ」
「先輩淋しかったんスね」
「ちゃ、ちゃちゃうぞ!!」

より一層紅く染まった先輩の手をとって「じゃ、帰りましょか」と口にすると、先輩はウーやら呻いた後に首を縦に振った。
作品名:君のとなり 作家名:みやこ