兎の皮を被った化け物
「ちょっと待った」
今までどんな爆発音が聞こえようと動じた素振りを見せなかった人物が、ルベリエの腕を掴んだ。
瞬時にその腕を振り払おうとするが、びくともしない。ギロリと睨みつけても、飄々とした銀髪は微笑むだけだ。
「なんのつもりだ、部外者めが」
「部外者とは失礼ですね」
「黒の教団で貴様のように目立つ存在がいると、聞いた覚えはないが?」
「あの方舟を動かしたのは僕ですよ。クロスであるように見せかけてただけで、ね」
くすり、と笑う銀色。肩を過ぎるほどに長い白銀は、余りに目に眩しい。
聞き捨てならない情報を耳にしたにも関わらず、ルベリエは眉を顰めるに留まった。
「…伯爵の手先か」
「いいえ。僕は、クロスの師匠様なんです。伯爵の手先になった覚えはありませんよ」
「クロス・マリアンに師匠がいるなど、聞いたことがない」
「余計な情報は漏らさないようにしつけてありますので」
「エクソシストであるようにも見えないのだが?」
「僕はエクソシストではありませんよ」
その言葉に、ついにルベリエは失笑を漏らした。
「エクソシストではない!なのに何故師匠であると言うことができる!」
「何か問題でも?戦いの師でなく、料理の師匠かもしれないじゃないですか」
「何をふざけたことを…」
「というのは冗談で、」
掴んでいた腕を解放すると、白銀の男は懐からゴーレムを取り出した。
それはティム・キャンピーと色違いである、銀色のゴーレムだ。
「僕の名前はアレン・ウォーカー。奏者の資格を持ってる、クロスの師匠。師事していた内容は……クロスのエクソシストではない部分、ですよ」
「……もっと簡潔に言いたまえ」
「あれ、分からないですか?要するに、僕が導師であり科学者である、ということです」
胡散臭い笑いかたをするやつだ、と内心でルベリエは毒づく。
クロス・マリアンの飄々とした部分がこの師に似たのならば、まだマシであるようにも思う。
「あの馬鹿弟子が役に立たないせいで、こんな可愛らしいお嬢さんが戦場に立たされそうになるなんて…。これはもう、あとでキツイおしおきをしなくてはなりませんね。女性を泣かせるなんて、最低です」
涙ぐんでいたリナリーの頭を優しく撫でると、婦長に微笑みかける。
それは「この子を頼みます」という合図で、意図を正確に読み取った婦長は力強く頷いた。
「弟子の尻拭いは師匠がしなくてはなりません。貴女の代わりに僕が行きますから、安心して此処で待っていなさい。貴女が行く必要はありませんよ、リナリー・リー」
「だめっ…!エクソシストじゃない人がAKUMAに敵うわけない!私がいく!私が行くからっ…!!」
「大丈夫。僕ってとっても強いんですよ。クロスに「化け物」って言われるくらい」
酷い弟子でしょう、と笑う。ぽろぽろと涙を零す少女が痛々しくて、少しでもその心痛を取り去ろうとアレンはそっと抱きしめた。
「僕は導師ですから、そう簡単に死にません。若い女の子に嫌われたくないから黙ってたんですけど、実は、伯爵と同い年くらいですしねぇ」
ぽんぽん、と背中を叩いて、リナリーを婦長のほうへ促す。
ルベリエへと向き直ると、アレンは物凄い目で睨まれていることに気づいた。
伯爵と同い年発言が不味かったか、と苦笑いするものの、言ってしまった言葉は取り返しがつかないので曖昧に笑って誤魔化すだけだ。
「神の道化よ、先に行って皆を助けておいで。それからゴーレムは、ティムの気配を追ってクロスのところへ。馬鹿弟子に僕が怒ってるって、よーく伝えておいてね」
神の道化とゴーレムは命令に従って飛び去っていく。
金銀のティムは、術と科学技術の結晶だ。一見イノセンスに酷似している神の道化も同じ。
自己の判断で動くことができるモノ。そういう点では、クロスのマリアはまだ未完成とも言える。
クロスが戦闘不能になれば、自動的にマリアも動かなくなる。アレはそういうモノだ。
「んー、戦うのってクロスが手元にいたとき以来かなぁ。勘が鈍ってなければいいんだけど」
喚くルベリエを無視して、戦場へと足を向ける。
近づけば近づくほど響く爆音に、知らず胸が高鳴った。
「Lv4かぁ…。改造したらいい駒になるかも…」
くすくす、とアレン曰く“馬鹿弟子”のクロスしか知らない不吉な笑みを湛えながら、アレンは歩く。
その途中、倒し損ないらしいLv3がいた。もう既に半壊している。
「あらら、役に立たなそうな屑鉄が一体」
「キ、サマ、…エクソシス、ト、…ッ…」
「ハズレだよ、AKUMAくん。見苦しいから壊れてしまいなさい」
半壊したAKUMAを指差し、『オン』と一言唱える。
すると、AKUMAは不快なノイズ音と共に爆発した。余りにも呆気なく、壊れた。
導師であるアレンは、AKUMAの骨組み、魔導式ボディへの干渉方法を知っているのだ。
それはアレンの知的好奇心を満たすための研究によるもの。
何千体もAKUMAを壊し、その構造を暴き、果ては改造した。全ては自分の欲求に駆られるままに。
「うん、上々」
AKUMAを破壊することは人に称えられる。
では、自分自身のためにAKUMAを壊してきた所業は、悪魔の所業足り得るのか。
まだ見ぬLv4を前にして、アレンの鼓動は高鳴っていた。
もう遥か昔に飽きていたAKUMAの研究。
まだ自分が知らないことがあるのならば――、
この日、伯爵にとって最悪の敵が再来したのだった。
(ノアだのLv4だのハートだの、いつの間にか楽しいことが起きてるみたいですねぇ、は・く・しゃ・く)
作品名:兎の皮を被った化け物 作家名:神蒼