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萬屋顛末記 其の弐

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正臣は息を殺していた。

 じっと息を殺して相手の動きを見定める。

 ようやく追いつめたのだ、ここで逃がすわけにはいかない。

 もしここで逃がしてしまえば、後で帝人に思い切り言葉の針を刺されるだろう。

 静雄はともかく、他の仲間に失敗するなと叩かれるよりも、帝人に笑顔で毒を吐かれる方が精神的にもきつい。

 それに、せっかく帝人が相手の居場所を突き止めてくれたのだ。これで逃がしてしまっては帝人にだって申し訳が立たない。



ーそれにもしまた逃がしたら依頼者が泣くだろうしな。



 それだけは避けた方がいいと正臣は静かに呼吸をしてから、もう一度相手の位置を確認した。

 探している相手は長屋通りの中の路地の行き止まりにいる。

 このまま逃げられないようにそっと近づいてから確保した方がいいだろう。

 正臣は自分で確認するかのように一度うんと頷いてから、目的の相手がある路地へと足を踏み入れ、足音を立てないよう小走りに目的の相手に近づいた。

 正臣が近づいていくと、やはり気配で気がついたのかその相手も慌ててその場から逃げようとしたが、その前に正臣をその体を抱き上げた。



「よし、白を捕獲!!」



 抱き上げた相手……全身白の猫を抱き上げたまま正臣は叫ぶとそのままその猫をがっちりと抑えたまま歩きだした。

 無事に捕獲はできたが、この相手……白猫を依頼主に渡して依頼料を貰うまでは仕事が終わらないのだ。

 もしもそのまま帰ったらやはり帝人からの小言が待っている。



「俺ひとりでも仕事が出来るって帝人に知らしめないとな」



 まぁ正臣の場合、仕事はしっかりとこなすがその後に依頼料をもらわなかったりすることがありそれが問題なのだが。



「じゃぁ白。飼い主のところに帰ろうな」



 歩きながら自分の手の中にいる猫に話しかけると、正臣は依頼主にその猫を届けるために更に歩く速度を上げた。





「帝人。依頼完了したぞ」



 ガラリと入口の引き戸を開けて正臣が帰ってきた。

 帰ってきて土間から板の間にいる帝人に声を掛けると、帝人はにこやかに微笑んでから「おかえり」と声を投げてきた。

 正臣はその言葉に「おう」と返事を返してから、そのまま帝人のいる板の間に近づき、土間でわらじを脱いで、板の間へと上がった。

 板の間に上がってから不御机の前で何か作業をしている帝人の机の上に懐から取り出した袋をそっと置いた。



「今日の依頼料な」



「確かに受け取りました」



 帝人はニッコリと笑ってからその袋に手を伸ばして、中に入っていた金を机の上に広げ、それを数え始めた。

 帝人が銭貨を置くパチパチという音が板の間中に響いていたが、すべて数え終わると帝人がゆっくりと顔を上げて正臣に向かって笑いかけた。



「確かに50文頂きましたっと。

 今日はしっかりと貰って来てくれたね」



 にこにこと微笑みながら自分にそう言葉を投げてきた帝人に、正臣は思わず苦笑を返した。

 正臣はいつも必ず依頼はこなす。

 どんな依頼でも必ず最後までやり遂げ、成功させるのだが……依頼相手が女性の場合は逢い引きの約束だけ交わしてそのまま依頼料を受け取ってこないということが度々と言ってしまったら帝人が切れてしまうのではないかと思うほど、頻繁にあったのだ。

 そのため、ほんの数日前に『今度そんなことをやったら僕は実家に帰って戻ってこないよ』と帝人に脅されたばかりで。

 正臣も帝人に実家に帰って欲しくなどなかったし、なによりせっかくできた居心地のいい場所を失いたくなかったため、もう二度とやらないと誓いを立てたばかりだ。

 今日の依頼は飼っていた猫が迷子になって戻って来られなくなったため探して欲しいと小さな少女から依頼されたため、帝人に予めその猫の居場所を占ってもらい、無事に捕獲してきたのだ。

 まぁ相手が少女……しかも正臣よりもかなり年下のがつくくらいの……だったため、声は掛けてこなかったが、もし妙齢の女性だった場合……声を掛けていたら帝人は本気で実家に帰っていたことだろう。
 


「まぁ、もらってくるって約束したしな」



「……貰ってくるのが当たり前なんだけどね……まぁいいや。

 今日は正臣向けの依頼がないからあとはのんびりしてていいよ。

 もうじき静雄さんととむさんも戻ってくると思うから、そうしたらみんなで杏里ちゃんの店に行って御飯食べようね」



 正臣の言葉に溜息を返してから、帝人はうんと伸びをしてそう提案してきた。

 この萬屋の一員である静雄ととむは静雄が材木問屋で材木運びの手伝い、トムが薬問屋での商品整理の手伝いに出ているが、そろそろ夕餉の時間なので店に戻ってくるだろう。

 ここ最近は全員でここから程近い飯処で夕飯を食べるのが日課になっているので、正臣に異存はなかった。

 帝人にそれでいいと頷いてから、正臣はしかしと心の中でつぶやく。

 帝人が面白がって始めた萬屋だが、気がつくと全員がまるで家族のような付き合いになっているのだ。

 帝人と正臣は幼い頃からお互いを知っていたから元々の繋がりはあった。

 とむと静雄も昔馴染みだったそうなので繋がっていて当たり前なのだが、いまここにいないセルティと帝人、静雄は全く接点がないはずだったのだ。

 だが、気がつくと共に『萬屋』などという商売をやっている。



―まぁ、面白いからそれはそれで構わないけどな。



 元々の接点がなかったとしても今は繋がっているし、楽しいから構わないかと正臣はそうも呟いてからもうそろそろ戻ってくるであろう二人をのんびり待つためにその場に座り込んだのだった。
作品名:萬屋顛末記 其の弐 作家名:小島泉