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My Hearts Breaking Even

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 見慣れた部屋の電気は灯されない。互いの衣擦れの音まで拾える距離まで近づいた状態で、ヒロはそっと息を詰めた。まるでこれから蜜月でも始まりそうなシチュエーション。実際のところ、そんな甘ったるいものはひとかけらも存在しないのだが。こうして二人で過ごす時間は、得てして排他的な瞬間であると知っている。分かっているのに、とある意味合いを持ってユゥジの部屋を訪れる度、身体が強張る。緊張してしまう。ヒロがまだ、ユゥジに何かしらの期待を抱いているからなのかもしれない。
 ベッドに腰を下ろしたままのユゥジの頬に手を掛けた。ヒロのアクションで二人の息が重なる。ユニゾン。流石、バンド内でリズムセクションを担う相棒だ。刹那的な事実に酔いしれながら、そっと目を閉じてやる。
 出会った当初、一番最初にヒロに手を伸ばしたのはユゥジだった。他人の手。自分を傷つける為にしか存在しないと思っていた他人のそれが、自分に温度を与える為に存在しうるという現実は、衝撃以外の何者でもなかった。変革にも等しい事実。ずっと欲しいと思っていた温度を、いとも容易く与えるユゥジ。ヒロが彼に懐くのは至極当然の事だった。波に身を任せるように、ヒロはユゥジを慕った。そして転げ落ちるように―――ヒロは、ユゥジを欲した。
 冬先の凍てつく空気は蜘蛛の糸のように、一ミリの弛みもなくそこら中に張り巡らされている。ユゥジの故郷に比べれば生温いだろうが、リュウキュウの冬だって寒い。熱を含んだ、かさついた唇でユゥジの唇に触れてやる。舌先に湛えた唾液で乾いた土壌に水を与えてやれば、ユゥジの口先から笑い声が漏れた。
「ヒロの触り方は…相変わらずこそばゆいな」
「う、うっさいな…」
 他愛もない会話。柔らかな温度を孕んだ、ユゥジの声音。それを聴くだけで胸がぎゅうぎゅうと締め付けられる事に、ユゥジは気が付いているだろうか。ユゥジのたったの一言で、ヒロの全身に張り付いて消え去らない疼き。大声で泣き出したくなるくらいの衝動―――関係を求めた当初から止まない衝動は、ここ最近になってから殊更にヒロを痛めつける。ユゥジがアキラに、とある感情を抱いていると知ってから。
 ヒロが求める甘い言葉を、ユゥジはアキラに与え続ける。度重なる出撃の際の、ツァール・ドライとヴォクスの通信を聴けば、否応なしにそれを知る事になる。喉から手が出るほど欲しい言葉は、フランクな程の頻度でアキラに差し出される。ユゥジはアキラに飴を投げ続ける。
 ユゥジのアキラへの気持ちはIS中が確信している確定事項だ。度重なる飴を適当に往なしつつも、アキラだってユゥジに惹かれているように見える。されどもヒロとユゥジはこの歪な関係にピリオドを打たない。打てない。ユゥジの所為だと、ヒロは思う。ユゥジは自分のものだと認識したものに対して、極度に固執する。ここに赴任した当初、手負いの状態だったヒロはユゥジに手を差し伸べられてISに迎えられた。手懐けたユゥジは、ヒロを邪険に出来ない。愛される事に飢えていたヒロと、誰かを守ることを心の拠り所とするユゥジ。二人は、歪な「需要と供給」を確立させたまま、関係を断ち切れないでいた。
 ユゥジが拒めば、全てが終わる。そう確信している。ユゥジを振り払いたくないが故の責任転嫁を、ヒロはする。 
作品名:My Hearts Breaking Even 作家名:nana