マルボロ
何の気なしにそれを見ていると、微妙な違和感を覚える。私の視線に気付いたのか、火村は手の中の小箱を軽く振って、私の疑問に答えた。
「違和感の正体はこれだな、センセイ」
その手の中にあるのはマールボロの赤い箱。
あぁそうだったかと、私は一人頷いた。
「珍しいやないか、先生」
冗談交じりにそう言った。
大のキャメル党が、なぜマールボロなのだろう。
「売り切れてたんだよ」
火村はそう言って、煙を吐き出した。
その横顔はいつもの見慣れた彼のものであるというのに、吸っている煙草の銘柄が違うというだけで、見知らぬ誰かのように見える。何故だかとても物珍しくて、視線を逸らせなかった。
「アリス」
火村が低い声で私を呼ぶ。ふらふらとその声につられ、私は火村の傍へ行く。
そのままじっとしていると、ふわりと抱き込まれ、軽くキスされた。
いつもと違う部屋の匂い。
いつもと違う火村の匂い。
いつもと違うキスの味。
今、私の目の前にいるのは確かに火村だというのに、別の人間と濃密な時間を過ごしているような感覚を覚える。
言いしれぬ背徳感。
私はその感覚に酔って、溺れた。
「なぁ、火村」
「なんだ」
「これからは絶対、煙草かえんといて」
そう言って顔を上げれば、火村はいつも通りの皮肉な笑みを顔に貼り付け、煙草を灰皿に押し付けた。