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夜空に散らばる星屑をひとつ、君に(普独普/APH腐向け)

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智恵子は東京に空が無いという。
そんな詩の一片を思い出したのは、慣れぬデスクワークで草臥れた身体を引き摺るようにして家路を辿る途中のことで、上京して一ヶ月程のとある夜のことであった。
東京には空がないと詩人の妻は夫に告げたが、東京の夜には星がないとルートヴィヒは思う。
立ち止り空を仰げば、高層ビルやマンションの人工光の明るさで、夜空の底辺はぼんやりと白んでいた。星は欠片も見つけられず、一等星すら目視できない。かろうじて月は目視出来たが、その月さえもともすれば人工光に霞んでしまいそうだった。
おとめ座のスピカ、獅子座のレグルス、デネボラ。
兄に教えて貰った星座を探す。探しても探しても、星はひとつも見つからず、鼻の奥がツンとする。何故か無性に悲しくなって、兄の声が聞きたいと思った。幼い自分の手を引いて、星座の一つ一つを教えてくれた兄の底抜けに明るい声が聞きたいと。
スーツの内ポケットに仕舞ってあった携帯を取り出し、発作的に兄に繋がる短縮ボタンを押した。電話はたったワンコールで繋がって、すぐに聞き慣れた兄の声が耳朶を打つ。
にいさん。
絞り出した声はみっともなく掠れて、まるで迷子の子供だとルートヴィヒは思った。とうに二十歳を超えて社会に出た一端の大人だというのに。
『こんな時間にどうしたんだよ』
「星が、見えないんだ」
『は?』
「おとめ座のスピカ、獅子座のレグルス、デネボラも、兄さんが教えてくれた星が見えない」
『ルート?』
「見えないんだ」
訝しげな兄の様子にも構わず、ルートヴィヒは捲し立てた。
兄は捲し立てられるルートヴィヒの言葉を聞いていたが、声に泣き声のようなものが混じる頃になって、ようやく弟の言葉を遮った。
『ルート、ルートヴィヒ。ちょっと落ち着け、な?』
「兄さん」
電話の向うの弟を宥めるように名を呼んで、兄がどうしたと尋ねてくる。取るに足らない、ただの感傷だと切り捨てられてもおかしくない些細なことをつっかえながら話すのを聞いても兄は少しも笑わなかった。黙って弟が不安を吐き出すのを聞いていた。
『そうか、星が見えねーのか』
「ああ。兄さんが教えてくれた、何もかもが見つけられない」
『それは寂しいな』
本当に寂しいのは、星が見えないことではないと兄は気付いていたのだろうが、兄は敢えてそこには触れず、電話越しに笑って今度星を贈ってやるよと言った。
『お兄さまがお前に星を贈ってやろう』
「星を?」
『そうだ、楽しみにしてろよ』
星を贈るなど物理的には不可能だろうとルートヴィヒが反論すると、兄は「俺様にできねーことなんてねーんだよ」と不敵に笑う。笑って、ルートヴィヒが電話を切る直前「星が見たくなったらいつでも帰って来いよ」と告げた。兄には何もかも見抜かれていたらしい。
携帯電話の通話を切り、もう一度ルートヴィヒは空を仰ぐ。
東京の夜空には相変わらず星はなかったが、先程感じた胸を締め付けるような寂しさはいつの間にか消えていた。