金曜ロードショウ
※主人公の名前は「五十嵐 友」です
各々夕飯も食べ終え、ラウンジで団欒していたときのこと。
明日も学校があるが、土曜日なので午前中で終わる。午後からの自由時間をどう活用するか悩む者、またすでに休日のつもりで明日を迎えようとしている者、反応はそれぞれだったが、金曜日という週末の魔法は全員に掛かっていたらしい。ゆったりとした時間がラウンジに流れていた。
体調不良の者も少なからずいる。ならば今日のタルタロス探索は中止にしようじゃないか、そんな流れになっていたところで、ファンシーかつテンポ良い音楽が流れた。
「お、懐かしー。小さい頃映画館に見に行ったっけなぁ」
順平はちらとテレビに視線を遣った。
それほど大きい音量ではない。テレビから流れていたのは、もふっとした獣3匹と少女と幼女がメインの――まあ、トトロだ、金曜21時3分お馴染みの時間帯にトトロが放送されていた。
「私、小さい頃大きいトトロのお腹に乗って見たかったんだよね」
「へえ、ゆかりっちもなかなかに可愛らしい夢があったんだな」
「なによ順平、今の私が可愛くないみたいじゃない」
「いやいやいや、そういうことじゃなくて……」
ゆかりと順平の相変わらずのやり取りを、年上の二人が微笑ましい眼差しを向けた。
ただ一人、友だけがトトロを放送する画面を見ていた。シャカシャカと大音量でイヤホンから音楽が流れており、完全に音の壁で自己と外を隔てている。友の様子は今に始まったことではないので、もはや誰も彼を会話に巻き込もうとはしなかった。これはこれで、なかなかに円滑な人間関係になっているのだ。
「そういえば私は観るのが始めてだな、トトロ」
ふと美鶴がそんなことを言えば、順平が身を乗り出して語り出した。
「センパーイ、それ人生損してますって!」
「そ、そうなのか?」
順平の勢いに押されながら、美鶴は隣に座っていた明彦に尋ねた。ここぞとばかりに得意げな顔をして、明彦は答えを返す。
「岳羽じゃないが、俺も大トトロの腹に乗りたいと思ったな。ああ、大きいのもいいが小さいのもなかなかにいいぞ。ぎゅーっとしたくなる」
「……ぎゅー。すると抱き心地が良さそうなのか」
真面目な顔でトトロの抱き心地を議論し出しそうな先輩二人に割り込むようにして、ゆかりが話題に乗っかった。
「小さいのは、どちらかというと周りにいっぱい置いて埋もれたいですね。私は抱きしめるなら中トトロかなぁ」
「ゆかりっちってば、実はトトロフェチ?」
「アンタだって小さい頃から観てたなら相当でしょ」
「じゃあ俺もトトロフェチだな。小さい頃から観ているが、可愛いぞアレは」
「ほう、なら私も観てみるか。今日はタルタロス探索もないことだしな」
一旦会話が途切れ、全員がトトロの流れるテレビ画面を見た時、初めて友の唇が動いた。
「そういえばトトロって」
シャカシャカと音漏れし続けるイヤホンはそのままに、友は言葉を続けた。
「死神、なんですよね」
「「「「は?」」」」
全員で画面を見る。姉が溌剌とした笑顔で古びた家に入っていくところだった。
「死期が近付いた人間にしかトトロは見えない。確か姉妹揃って死ぬんだったと思いますけど」
「……本当か?」
トトロ未視聴、美鶴が真意を確かめようと誰にでもなく尋ねた。
あまりにも唐突な話の流れにトトロ視聴済み組も一瞬思考が停止していた。何があろうとトトロはトトロである。もふっとしている森の守り神ではないのか。
1番初めに立ち直ったのは順平だった。
「オレ、そんな話初めて聞いたんだけど……なんだよソレ」
「都市伝説。結構根拠があったりして、少し信じたくなるよ」
「やっ、やだなぁ、五十嵐君。こんな子供向けアニメに都市伝説なんて……」
ほんの少し、ゆかりの顔が青ざめているような気がする。
「トトロは子供の魂を刈り取る死神、猫バスは魂を運ぶ棺桶、マックロクロスケは死者の魂で、母親が入院しているのは末期患者、精神疾患の患者だけが入院している病院」
少し上を見上げて、思い出すような動作をしながら友は言う。
「こじつけだろう、そんなもの」
明彦がくだらない、と否定すれば
「まあ、都市伝説なんで」
と友はあっさり肯定した。
妙に落ち込んだラウンジで、トトロは止まる事なく流れ続ける。
物語が進むに連れ、やれ「メイがマックロクロスケを踏んだから寿命が縮まった」だの、「寿命が縮まったからトトロが見えるんだ」だの、友が要らない解説を付け加えていく。その都度、順平やゆかりが止めるように言うのだが、ぽつりぽつりと独り言のように友は言っていく。独り言の大きさなので無視出来なくもないが、どうにも一度気になりだすと耳はしっかりと受け取るらしい。友の独り言がくる度に全員が画面を凝視、どんどん顔を引き攣らせていった。
「あ、影が消えた」
画面を見れば、確かにメイの影が消えている。
場面は、メイが行方不明になったところだった。
もう誰も口を開くこともせず、じっとトトロを見続ける。場の空気とは全く違う、暖かながらもどきどきするような展開でストーリーは進んでいくが、全員ホラー映画を観ているような表情だ。
老婆が片足のサンダルを皺くちゃの手で持ってきた。それを見て、姉のさつきは声を引き攣らせながらも妹のサンダルではないと否定する。
「片足のサンダル……この時既にメイは池に落ちて死んだらしいですよ」
ひっ、とゆかりが小さく悲鳴を上げた。
そこからさつきは猫バスに乗って、トトロと共に森を掛けていく。
『今、そこでさつきとメイが笑っているような気がしたの』
後半になると、友も何も言わなくなった。しかし、それが逆に怖い。自分で勝手に仮説を立ててしまうからだ。
軽快で明るい音楽がオープニング同様に流れ出す。皆、ほうと息を吐き出した。
「楽しかったですね、トトロ。じゃあ僕、部屋に戻って勉強するんで」
終始変わらなかったのは友だけだ。シャカシャカと漏れるリズムを無視して、鼻歌混じりでラウンジから立ち去る。
「にありぃとっとろ、とっとろーフゥフゥ」
「おい、ちょっ、五十嵐! トトロを変な英語調で歌うな! フゥフゥとか言ったってこんな話の後じゃちっとも盛り上がんねーよ!!」
順平は立ち去る友の背に叫ぶが、本人は右手をひらひらと振っただけ。
「私は……死神を抱きしめようとも埋もれたいとは思わないな。ましてや腹に乗って跳びはねるなど……恐れ多くて、とてもじゃないが」
初めてトトロを見た美鶴の感想は、本来ならありえないものだった。
恐らく全国のお茶の間が暖かな感動に包まれている中、この寮だけがぽつんと感動に見捨てられてしまっていた。
090601(080803)