ワールド・エンド
ニュースがそう報じた頃には、もう誰もどうすることもできなかった。
隕石が地球にぶつかるらしいとアナウンサーは言った。それが二日前だ。
人々は悲嘆にくれ、嘆き、自分たちの無力を呪って膝をついた。そんな人間も嫌いじゃないけど、彼らは未来と踊らなくなってそれが俺はつまらない。あんなに不確定なものを愛するなんて、すごく愚かで、すごく、よかったのに。
波江さんはもう逃げる意味がなくなったので誠司くんのところに行った。
「私の誠司の愛は永遠よ」
俺は永遠の意味を聞かないままでその背と美しい黒髪を見送った。誠司くんには不幸かもしれないが、彼女は最後まで自分の愛と踊ることを決めたようだった。
彼女が出かけた後、実家に電話したら、舞流が出た。
「あたしたちはいつだって好きなことしてるんだから、このまんまだよ」
元気らしい、何よりだ。
俺もさっき部屋を出た。黒いシャツに黒いコートを羽織る。一応携帯電話は持った。
外の五月の光は柔らかく、とても三日後に何か落ちてきて大変なことになるとは思えない。世界は尚もバカみたいに美しかった。
みんなが花見をしたと言っていたのは、ついこの前だったか。花が散る頃、みんな来年があると信じて疑わなかっただろうに。
新宿からの電車は動いていた。電車の運転手は電車を愛しているんだな、と思った。
愛されている仕事しか仕事として呼吸をしていなかった。俺も情報屋という仕事を本当には愛していなかったので簡単に捨てた。
乗っている人は少ない。あと三日しかないし、どこに逃げても変わらないバッドエンドを告げられている為に、どこかに逃げようとする人は少ないという。家で過ごす人、恐怖に駆られて死ぬ人、許せぬ人間に復讐を遂げた人、やけになってただ暴れる人、狂う人。最初のパターン以外のすべてで町には死体と恐怖が蔓延していてまともな人間は外に出ない。
池袋に着いて西武口を目指す。電気はついているけど、地下通路にも人が少ない。
人の少ない池袋は死んだ街だった。外に出ると確かに高いビルの傍は人だったものが落ちてたりして、それもそのままだったりするのでおススメはできない散歩コースになっている。でも、だからと言って、街は死ぬの早過ぎだ。
サンシャイン通りへ進むと、向こうから歩いてくる人影が目に付いた。
金髪にバーテン服、胸ポケットにサングラスがかけてある。シズちゃんだ。
シズちゃんは俺を見て足を止めた。俺も止まる。数mの距離。
「イザヤよぉ、何しに池袋来やがった」
「シズちゃんは?」
「・・・手前をぶっ殺しにだ」
「ねえ、シズちゃんだってさァ、知ってるよね?もうすぐ死ぬんだよ、俺も、シズちゃんも。落ちてくるの隕石。い・ん・せ・き!いくら化け物のシズちゃんだって生きてないだろうけどさあ、俺だって生きちゃいないよ。ちゃんと死ぬよ。それなのに今更俺をぶっ殺そうだなんて、本当に脳が筋肉でバカなの?」
「手前は何しに来たんだ」
「そりゃ、シズちゃんをぶっ殺しにだよ」
俺は手元に隠してあったナイフを構え、シズちゃんに向かって思い切り踏み込んだ。距離は縮まるが、避けられる。
くそ。一撃で決めたかったのに。白い頬に赤い筋が走って、それだけだ。
動きを止めずに、俺はナイフを連続して繰り出す。スピードなら、勝てはしないけれど負けない。シズちゃんは銀の刃先をギリギリでかわす。そして俺の手首を間近で掴んだ。
「俺のことバカ扱いしておいててめぇは・・・!」
「知ってる?シズちゃん!みんなねぇ、もう動いてくれないんだ、利益でも、昔のちょっとしたことでも、そういう何かをちらつかせてももう君を殺したいという人間が動いてはくれない。君は多くの人に決定的な恨みを持たれてはいないからね、本当につまらない化け物だよ!・・・だからさァ」
すぐ近くにある頬の血に舌を伸ばす。鉄の匂い。
「最後くらい、俺が殺してあげるよ」
シズちゃんは舌が肌に触れるのを感じ取ると、電流が走ったように俺を力任せに振り払った。後方に飛ばされる体の勢いをうまく殺しても壁にぶち当たるのは免れない。大きな音とともに背中に痛みが走るが、正直、俺だって伊達にシズちゃんと戦ってたわけじゃない。丈夫なほうだ。
歩道の中央に立っているシズちゃんの背中には地面が沸騰したように怒りのオーラが漂っている。俺は霊感とか信じないんだけど、見る人が見たら何か見えるんじゃないだろうか。色濃いそれは生の匂いがする。街は死んでるのにシズちゃんだけが生きている。
「いい度胸だ、ノミ蟲」
シズちゃんはそこにあった標識を抜いた。簡単に抜くなよ、馬鹿力。
標識の止まれが記号としての意味をなさなくなる。
「もうぶっ壊して困るものもねえし、天引きされる給料も関係ねえからなあ」
胸元にかけてあったサングラスが地面に落ちたのを構わず踏み潰す。
パリン、という薄い音は多分あるかないかの良識とか常識の破壊される音だ。
シズちゃんは嗤っていた。声など出さないが確かに表情が歪んでいる。
何にも邪魔されない破壊衝動に身を委るつもりだ。
俺は嘲笑する。化け物、化け物、化け物!
「手前は俺が殺す」
ビリビリと空気の震えるような声。背中に走る感覚は恐怖ではない、高揚だ。
俺は立ち上がってナイフを構える。脳内のカウントダウンはもうはじまっている。どこのタイミングで踏み出せば、あの獰猛な化け物をこのナイフでうまく殺せるか考える。何度もシュミレーションする。綺麗な喧嘩をさせるつもりなんか、毛頭なかった。
そして俺たちは殺しあう。殺しあうために生きてきたように。平和な最後の三日間と、世界の終末なんてつまらないシナリオをぶっ潰すように踊る。
死んだ街よ、さようなら。
ようこそ、ワールドエンドへ。
<終>