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壊れるくらい狂ってきみを、

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食い違った気持ちがこのままでいいとは思わない。苦しい、と呻き出した夜、馨は人知れず泣いた。光はそれを、月夜の明かりで確かめた。

嘘でも本当でもいいから髪の色を染めたのは正解だったね。馨は白い洗面室の鏡を覗き込み満足気にそう云った。髪の毛をつんつんと弄りながら、ネクタイを光に差し出す。早くこっち向けよ。じりじりといつまで経っても鏡から離れない馨に光は苛立ち混じりに云う。なんでよ、もう少しいつもと違う僕を眺めていたいんだ。表情は極めて柔らかいが、目が、笑っていなかった。──いつもと違うってなんだよ。

「馨が僕と一緒じゃないなんて嫌だよ」
「いつから僕は光のものになったの?」

ネクタイぐらい自分でやるさ。光の細い指で握られていたネクタイを引っ張って、馨は笑った。でも、光の顔は笑ってなどいない。どうして、光が笑わないのに馨は笑っていられるの。無意味な苛立ちを隠せずに、光は何も云わずその場を立ち去った。馨のくすくすした笑い声が聞こえて、乱暴にドアを閉めた。

馨が可笑しい。光はそう考えてから笑った。じゃあ、馨が可笑しいのなら光も可笑しいのだろう。待ってよ、光! 少し曲がったネクタイをつけた少年が光の背中を追いかける。ネクタイが曲がってるよ。できないなら最初から光に任せればいいんだ。光の白い手がネクタイの布に触れる。ねえ、そのまま首を絞めてもいいんだよ。馨の言葉に、光はすうと目線をあげた。馨の、狂った笑みが目に映る。

「僕、きっと光になら殺されてもいいんだ」

馨の左目から一筋の涙が零れた。何泣いてるんだよ、お前。光の言葉に馨は、少し怒った。光も泣いているくせに酷いや。同じ長さの利き手を伸ばしてそれぞれに涙を拭った。人の温もりがする。馨の方が光より体温が低いと感じた。

「告白、しているのか」
「うん」

こんなに辛いんなら、いっそ光のものにしちゃってよ、お願い。綺麗に整った顔が、甘い声を垂れ流す。僕は思わず喉を鳴らし、馨の頬に触れていた手を腕ごと首にまわした。そのまま勢いに任せて口をつける。中途半端に開けられた馨の口にはすぐに舌が潜り込む。こいつ、まともにキスなんかしたことないだろうに、うまい具合に舌を絡めてくる。

「気持ち、い・・・」
「やめろよ、その気になっちまう」

糸をひいた唇を馨はぺろりと舐めた。赤い舌が奇妙に浮く。やっぱり馨は可笑しい。そして光も可笑しい。世の中は可笑しいことだらけだ。

「好きなんだ、光・・・」

ありがとう、馨。光もだよ。お前と一緒で嬉しい。人知れず泣いたのは光も同じさ。悩んだろう? (僕が馨を捨てると思っているの?)

「今からお前は僕のものさ」

きつくきつく抱きしめる。そう、それこそ殺す勢いで。愛とはそういうものだろう。ああ、光、ひかるぅ。甘い声が響く。光がシャツに手を掛けたところで無慈悲にも外に待たせてある車がクラクションを二回鳴らした。光たちは真顔に戻る。

「残念だけど」
「時間だ」

学校だね。馨が軽く光の唇に口づけする。光はその拍子に馨のネクタイがまた曲がっているのをさりげなく直した。

「ねえ、光。僕は本当に光になら殺されてもいいんだ。それくらい君を、愛しているんだ」

そんな馨の瞳に僕は急に怖くなり、馨の言葉を縫うように口に吸い付いた。もう、いいから黙っておけ。そんなに云わなくてもわかっちゃいるさ。

(僕も、殺したいくらい馨を愛しているんだから)。