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もっとも俺にお似合いで

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例えば仁を例えるならそれは硝子の百合の花のようで、例えば慶を例えるならそれは行き先の見えない明かり窓のようなものだった。



「あら、綺麗 まるで、雪のようだわ」



百合子が、俺の横で道端に水を撒く慶を見つめてそういった。慶はあまりみつめないでくださいよ、と照れた様子で地面の色を塗り替えていく。仁はそれが気に食わないようで、先ほどから何度もビショップの居場所を聞いていた。
「……ビショップは何処に行ったの」
ビショップは今日は付いて来ていないだろう、と俺はこれで四度目だ、とご丁寧に回数まで教えてやった。すると仁は頬杖をついて、そうかい、と呟くだけだった。俺はそんな仁の態度にいらいらして、がす、と頭を小突いた。仁の丸眼鏡が鼻からズレ落ちる。
「お前何様のつもりだよ!」
「キングのつもりだが……」
「そういうことを云ってるんじゃなくて、文句があるなら云って見ろってんだ!」
「……みつがあの男ばかりを見つめているのが気に入らない」
そう云うと仁は落ちていた丸眼鏡を人差し指でちょいと持ち上げた。緑の瞳が真っ直ぐと俺を睨む。(何だよ、)(まるで俺が悪者みたいじゃないか)
「子供みたいなことを云っているのはわかっているさ」
ぼやくだけぼやくと仁は堅く口を結んでしまった。俺はもう好きにしろ、と仁に背を向ける。すると丁度水を撒き終わった慶が、その大きな手で柄杓を掲げて戻ってきた。俺たちの様子に、すぐに疑問符を上げて、百合子と目で笑いあう。(これだけ見ていると恋人同士のようだ)(そんなことを云ったら殺されてしまうが)
「おい、お前らまたつまらない口喧嘩でもしたんだろう」
俺も仁も目線を外に逃がすだけで誰も答えようとしない。暫く気まずい沈黙が流れた。慶は軽くため息を漏らして、お勝手口に吸い込まれていった、かと思うとすぐに戻ってきてほおら、と飲み物を差し出す。お前ら、これでも飲んで少し頭冷やせ。(どうやら店の新商品らしい)
「お互い好きだとさ、廻り見えなくなること、よくあるだろ」
慶は些か自嘲気味にそう云うのだった。そういう笑い方が好きだと思った。仁と慶との決定的な差があるとすれば、現世で過ごしてきた日々を差し置いたってこの笑顔だろうと思う。仁、お前がいくら頑張ったところで俺の心はとうの昔に現世に置いてきてしまったんだよ。
「ごめんね、仁 結局俺、目の前の安心より揺らいだ不安の方が好きなんだ」
俺と仁は慶の差し出した飲み物の表面が揺らぐのを濁った瞳でいつまでも見つめているだけで、一向に手をつける様子はなかった。それを百合子はその綺麗な黒髪を靡かせて見つめていた。



「あらあら、雪は吸い込まれちゃったのね」



地面を細く綺麗な指先が、指した。