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黒く塗り潰した(臨也と正臣/not腐)

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 アンタ、人間なんだろう。なり損ねたんだろう。だから悔しいんだろう。だから依存するんだろう羨ましいから人間になれた俺たちと人間を抱え込む地球が、だから。だから。正臣は吐き捨てる。頭の中はぐちゃぐちゃになった戯言でそろそろ混沌だ。しかしそれでもそうしてなにかを捨てなければ目の前の男と、話などできる自信がなかった。嘘だ。話なんてしたくもない。けれど忌々しいことに、男との繋がりは切れない。だから余計に腹が立った。なんでこうして、ああ、くそ、潰してやりたい。

「べつに、君にそれができるならすればいい。俺は優しいから、ほら、こうして両手裸で目の前に座ってるじゃあないか。君がしたいならすればいい。俺は逃げないし、抵抗もしないよ?」
「黙れ」
「おやおや怖いねえ、良心的に提案してあげてるのに。いやむしろ君にされるがままになってやろうとしてるのに? 君はそうして睨むばかりでなにもしようとしないんだねえ。俺に用があってわざわざこんな、新宿くんだりまで来たんだろう? 正臣くん」
「黙れ!!」

 そうだ目の前の男が言うように、正臣は用があってここまできた。誰が相手であっても変わらないはずの愛想も飾り言葉も遊び台詞も、そうして目の前にいるのが臨也であるというだけで一切合切が出てこなくなる。それがまた正臣の嫌悪を膨らませていくのだ。会わなければこんな感覚とは、たとえごまかしであったとしても離れていられる。
しかしそれは臨也が、張り巡らした過去から今に至りそして未来まで、すべて糸を引いて許さない。どうあったって関わらなければならないことがいちばん、臨也にすべて奪われている己がいちばん、嫌悪すべきもので許しがたいことで、けれど正臣はそんな自分を責めきれない。だからもう、深くなるだけの連鎖に怒りも通り越してただ目を背けるしかなかった。
 誰しも自分自身が大切で、だから自分のことを守ろうとする。正臣は過去から逃げることで自分を守り、そして臨也はそんな人間の心理をすべて知る上でその態度を酷く鋭利に突いた。正臣は、早くも後悔している。けれど自らここまで足を伸ばしたのだから、せめて。
 臨也は薄く笑いながら唇を閉じる。悪戯に開かれれば最後、彼から浴びせられるのは逃げた過去をまざまざと思い出させる言葉ばかりだ。臨也はそれしか知らない。正臣に対して、それしかしない。
 細めた双眸の奥に埋め込まれた眼球は、不可思議な色をしている。日本人特有の黒であるのに、赤いのだ。この表現はおかしいと思うが、そうとしか表せない臨也の瞳。黒であるのに赤であって、いつだったか沙樹はあの瞳が欲しいのと呟いて正臣に鳥肌を立たせた。「臨也さんの瞳は、綺麗で残酷でどこまでも臨也さんなの、だから、欲しいの」、と。浮かされたようにいう沙樹は笑っていた。臨也のあの瞳は、臨也そのものだ。臨也のすべてをそこに宿している。
 そこに己が今映っていると、考えるだけで正臣は身震いする。気持ち悪い。気色悪い。まるで臨也であるが故に嫌悪しか浮かばない。

「喋らないなら俺が喋るよ」
「っ、だ、」

 臨也が黙ったのは実際、数分もなかった。たったそれだけであっても臨也にとっては最大の譲歩で、正臣にかけられる少ない情の最大値で、見つめる正臣が思考に溺れかけるのを笑いながらそう切り出した。正臣の制止など間に合わない。間に合ったことなどないのだ。臨也はその一瞬音もなく息を吸い込んで、羅列となる音と一緒にすべてを吐き出した。

「君はいつもいつもいつもいつも、いつでもそうだ正臣くん。来るくせに来れるくせに、肝心なところで足が竦んで動かなくなって結局なにもできずにその場で、見てるだけだ。なにもかもを自身の目の奥のさらに深くまで焼き付けておきながら、本来ならその焼き付いた事態を防ぐはずだった自分の不甲斐なさばかりを責めている。君はどこまでも後手に回るしかないね、自ら招いた事態も自ら首を突っ込んだ事態でもそれは変わらない。君はいつでも、いちばん近くに走ってきて結局臆病に呑まれて終わりなんだよ。指を咥えてみてるだけさ、ここまできた、ここまできたのに竦んで動かなくなった自分の足を叱咤する気持ちを盛り上げてせめて己を慰められるなにかをひとつ、作り上げることに全力を尽くしてる。それを自覚して、したからこそ今日ここまで来たっていうのにねえ正臣くん? 君はまた、俺が怖くて足が…ああ違うか、唇が固まってしまって動かせずに言葉が出ない。ああ可哀想にねえ正臣くん、今までの君の状況は全部君のその足とその唇のせいだよ、だから君は悪くない」

 できることなら今すぐに、臨也を殴り飛ばして、いやそれができなくとも踵を返せば出口はそうだ正臣の背中にあるのだから、逃げることは簡単にできるのだ。臨也は正臣を拘束しているわけではないのだから。彼が愛用しているナイフは、彼の言葉を信じるなら今彼は1本たりとも身につけていないし、正臣が臨也をどうにかするのにも抵抗はしないと、言ったのだ。本人が。
けれど。だけど。でも。足、が。
 履き潰したスニーカーの、磨り減った底が床に貼りついてしまったかのように、動かない。足が。また、足、が。
 臨也は立ち上がり、動けない正臣を鼻で笑う。肩を震わせて全身で笑い飛ばした。正臣の耳をじくじくと犯す臨也の軽やかな声色は、いつだって楽しげだ。

「なーんて、さあ。現実じゃあ誰かにそうやって慰めてもらうことなんかできないんだから、君は君を可愛がればいいよ。可哀想な正臣くんは、自分の足のせいで唇のせいで身体のせいで、いつもいつも、見てるだけしかできないんだって」

 ――臨也さんの瞳は、綺麗で残酷でどこまでも臨也さんなの。無垢に笑う少女の欲しがった赤黒い瞳に、完全に放心した正臣が映り込んでいる。正臣の頭の中はぐちゃぐちゃになった戯言でそろそろ混沌だ。男との繋がりは切れない。正臣はいつも、同じことばかり。
 そんな己が映る目の前の瞳を、潰して、やりたかったんだと、思い出した。


黒く塗り潰した