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クリアブルーに溺れてゆくの。

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「先輩って、海みたいですよね」

そう言いながら柔らかくうねる髪先に指を伸ばす。色、もそうだけれど。そうだけじゃない気がするの、なんとなく。
見ているとね、そのままそのまま、引き込まれてしまいそうになる。あたたかい、ってこういうのを言うんだろうか、よく分からないけれど。
でもだから私は、その大きくて優しい海に飛び込んでしまうの。もっともっとと、見えない海底を小さな手のひらで探るかのように。
その感情の名を呼んでしまうには、なんだか勿体無い気がした。言葉にしたその瞬間から別のものになって飛んでいってしまいそうな気がした。

ぽつぽつと頭の上に雫が落ちてくる。気にするほどでもないそれは、でも確実に私と先輩の髪を濡らしていく。
先輩の髪をふわりと掬う。わずかに指に絡まる毛がくすぐったくて思わず笑ってしまう。
「どうして笑うの?」
「いえ、何でも……ふふっ」
軽く水気を帯びた髪は指の間にまとわりついて離れない。ぽつ、ぽつ。
「海かあ……そろそろ入れるころかなあ?」
「さすがにまだ寒いんじゃないですか? でも行きたいですね、海」
話の矛先が全然違うところに向かってしまっているのもまた私たちらしいと思う。季節はまだ梅雨にもなっていない今の話題にしては、些か気が早すぎる気がした。

「そうだなあ……君とは――」
行きたい? 行きたくない? 答えを聞くのが怖いとは思わなかった。でも私がその答えを聞くのを遮るかのように、突然雨脚が強くなった。ざー、ざー、ざー、それはまさしく雑音のように世界に鈍く響いた。
「    」
先輩の口が動いたのは分かったけれど、何て言ったのかは聞こえなかった。
ただ次の瞬間には、私は先輩に手を引かれて雨の中を走っていた。足を地に着けるたびにぴちゃぴちゃと靴下に跳ね返る水。そんなものを厭う間もなく、私たちはただ走った。
どこを目指しているのかなんて、知らなくても良かった。


先輩が雨宿りに選んだのは弓道部の部室だった。密室にされた室内は、雨のせいかいつもよりも臭いがきつくなっていて、思わず口元を押さえた。
「これで早く拭いて? 風邪ひいちゃうから」
「は、はい……」
そう言って手渡されたのは、恐らく先輩のものであるだろうタオル。私が使うのをためらっていると、「良いから早く」と先輩に持っていたタオルを抜き取られて、頭の上にかけられた。
ふわりと私の周りを包んだ、先輩のにおい。顔の水気をとるように頬に当てると、先輩がそばにいるみたいで緊張してしまった。
入ったとき気になった部室の臭いには、案外すぐに慣れていた。

「大丈夫? 寒くない?」
そう言って先輩が私の頬に触れる。下がりきった体温を確かめるかのように、優しく。
その微かな温度の通い合いが嬉しくて、また笑みがこぼれそうになる。
「先輩の手、あったかいですね」
「そうかな?」
「そうですよ、私の手は冷たいですもん」
「本当に?」
「本当ですよ、ほら」
そう言って手を出すと、当たり前のように先輩も手を出してきてくれた。
絶対に合わない指の指紋と指紋とをなんとか合わせるかのように、私の手のひらと先輩の手のひらが触れた。私の手の冷たさと、先輩の手の温かさが段々混じりあったぬるさが身体の中を駆け巡っていく。
その細い身体に違わない細い指先、でも思ったよりもずっと骨ばっている。私のてのひらを越えて見える先輩の指、大きいなあ、男の人、なんだなあって、当たり前のことを今更思ってしまって妙にどきどきした。

この指先からあなたへと、私の想いが伝わってしまえば良いのに。すき、好き、すき。それだけじゃないのに、上手く伝えられそうにない。お願い、だから、早く気付いて。
私、あなたになら溺れてしまったって良いの。
雨、やまないで。




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