胡蝶の夢
目が覚めたら猫だった。
人間のときもあれば、蝶や花だったときもある。姿かたちも、名前も性別もいつもバラバラだ。
もう、自分が本当は何であったのか、名前は何であったのかもわからない。
(人間だったような気もするし、最初から猫だった気もする。もしかしたらその両方とも違うのかもしれない)
そんな何もかもが違う状態の中でいくつか必ずわかることがあった。
それは、大切な友人たちと、それとはまた違った意味での大切な人のことだ。
(自分が人だったのかどうかよくわからないけれど、ここではわかりやすいように人としておく)
どんなに姿かたちが違っても、これだけは必ずわかった。会えば必ずああ、彼らなんだとわかる。
今の大切な友人たちの姿は金色の毛並みのちょっとやんちゃな猫と、黒い毛並みのおとなしい猫だ。野良ネコで毎日食べるものには苦労したが、彼らと一緒に居るだけで幸せだった。
そしてある日、赤い眼をした大きな黒猫がやってきた。
(ああ、これは彼だ)
彼は非力な自分たちの面倒をよくみてくれて、いつのまにか四匹で過ごすのが当たり前になっていた。
毎日が楽しくて幸せだった。今度こそこのまま幸せに過ごせるのかもしれないと思っていた。しかしそれは違っていた。ある日、眼が覚めると大切な友人たちはボロボロでピクリとも動かなくなっていた。
その光景が受け入れられなくて茫然としていると、そこに彼がやってきた。そして彼は赤い眼を細めて、これはね俺がやったんだ。と楽しそうに口元を歪めながら言った。
(なぜ、どうして)
そしてそこで世界が暗転する。
何も見えないし何も感じない。今の自分はいったい何なのだろうか。
どんなに姿かたちが違っても、必ず彼らのことがわかるのと同じように、どんなに姿かたちが違っても、必ず大切な彼によって大切な友人たちと引き離されるのだ。なぜ、どうしてと理由を聞く前に必ず世界が終ってしまう。いつも最後に見るのは彼の楽しそうに歪んだ口元だ。友人たちが自ら居なくなってしまうときもあれば(しかしそう仕向けたのは彼だ)酷いときなんかは眼の前で殺されたときもあった。何度も何度も大切な彼によって心を殺されるのだ。自分は彼のことが好きだったのだろうか。でも、それも今となってはもうわからない。もう、こんなつらい想いはしたくない。何度も何度も廻る世界はもういやだ。
(このまま、消えてしまいたい)
「 ん、 くん・・・」
今にも消えてしまいそうな誰かの声が聞こえる。何故だか懐かしい声な気がする。呼ばれている、のだろうか。それは僕(私、俺、あたし)の名前なのだろうか。
(いやだ、もう起きたくない。つらい想いはしたくない・・・)
「 どくん、み くん」
眼が覚めたら真っ白な天井と何故だか弱りきった赤い眼が見えた。
(ああ、これは彼だ)
これは、現実なのだろうか。それとも、夢なのだろうか。
何度も何度も廻る世界で今度はいったい何になっているのだろうか。
「みかど、くん・・・」
赤い眼がこちらをみつめている。
どれが現実でどれが夢なのかもうわからない。
でも、そんなことはどうでもいいのかもしれない。僕(私、俺、あたし)にとっては全てが現実なのだ。
何度も何度も廻る世界でただひとつ、変わらないこと。それは、
「次はどうやって、あなたは僕(私、俺、あたし)を殺すんですか」