一口の魔法
佐藤の元に運ばれてきたものを、じっと見つめてくる二つの目。
欲しい欲しいとその輝く目が語っている。
「食うか?ん」
少し相馬の方にずらしてやり、食べろと促してやる。
すると彼は、待ってましたと言わんばかりに、己のフォークをぐっと握りこんでいた。
「え、いいの?いやぁ悪いねぇ、じゃあ遠慮なく」
ぱくんと一口食べると、顔いっぱいに幸せが広がっていく。
わかりやすい奴、と少し微笑ましい気分になる佐藤。
そして、自身も口に運ぼうとフォークを手にしたと同時に、目の前に差し出される相馬の手。
「お返しに、どうぞ」
にっこりと笑って、自分の食べているハンバーグを一切れフォークに刺し、目の前に差し出していたのだ。
佐藤は一瞬身体を固まらせる。
「どうしたの?はい、あーん」
暫くしても動こうとしない佐藤に、相馬はその状態のままこてんと首を傾げる。
何で食べないの?と、不思議そうな表情まで浮かべていた。
佐藤にとっては、彼のその不思議そうな顔の方が不思議でならない。
普通男同士でこんなことをするだろうか、いや、100%の確率でしないだろう。
しかもそれプラス、公衆の面前だと言うことも忘れてはならない。
アホかお前は、んな恥ずかしいことできるか、と、そう言い返すのがベターだろう。
しかし佐藤には、相馬の親切を振り払うことは出来なかった。
それは、佐藤が優しいからという理由ではない。
最大の理由、それは、佐藤が相馬のことを想っているからに他ならない。
好きな人から『あーん』なんてされたら、気恥ずかしいけれど嬉しいし、何と言っても佐藤の一番の関心は、そのフォークが相馬の口に触れていたことにある。
間接キス、とはちょっと違うのかよくはわからないけれど、魅力がある物に変わりはない。
チャンスが目の前に突きつけられている。
だけど、場所が場所だけに、素直に応じることができない。
佐藤の頭の中で、天使と悪魔が葛藤を繰り返す。
「佐藤くーん?どうしたの?いらないなら別に無理して食べなくても、」
「いる!あ…いや、その…貰う」
「ん、どうぞ」
佐藤はきょろきょろと周りを見渡してみる。
混雑する店内のどこを見渡しても、彼らのことなど気にする様子は全く見受けられない。
今がチャンスだ、と恐る恐る顔を近付ける。
自然に、自然に、
…ぱく。
「どう?ここのハンバーグ、結構美味しいでしょ?」
「…ん、美味い」
「よかったー。佐藤君も今度これ注文してみなよ」
最後ににっこりと満面の笑みを浮かべ、またハンバーグを嬉しそうに頬張っている。
その様子を_相馬がそのフォークを何度も口に運ぶのを見ていると、自然と顔に熱が集中し、佐藤は火照った顔を誤魔化すように、目の前の料理を己の口に豪快に詰め込んだ。