先生、あのね
「先生、冗談だと思ってる?酷いなー、こんなにも佐藤先生のこと愛してるのに」
「おま…愛してるとか軽々しく言うもんじゃねぇぞ」
「だって、本当のことだし…その目は、信じてないね」
相馬は他の生徒に比べて大人びている部分が多々あるが、むすっとして頬を膨らませる様は、まだまだあどけなさの残る少女だ。
そして、そんな彼女の仕草を可愛い、なんて思ったのは、一時の気の迷いだと信じたい。
そんな感情を振り切るように、大袈裟に咳払いを一つして彼女から視線を逸らす。
「当たり前だろうが。俺は教師でお前は生徒だぞ。それに、いくつ歳離れてると思ってんだよ」
「たかだか十歳でしょ。そんなの、気にもならないし。それに私、あと一年と経たないうちに卒業するし。卒業したら、先生の生徒じゃなくなるでしょ?」
「…あーもう、お前頭冷やせ。帰れ。下まで一緒に行ってやっから」
「嫌です。先生が私の気持ち信じてくれるまで、絶対帰らない」
「お前なぁ…いい加減に、」
呆れた声で相馬を振り返ると、突然唇に柔らかい何かがぶつかった。
一瞬己の身に何が起こったのか把握できなかったが、大きく見開いた瞳に映る整った顔の少女が映し出されて、キスされてるんだな、といやに冷静に分析する。
お互いその状態のまま固まること数十秒、漸く離れた相馬が、少しだけ荒くなった息を吐いた。
口付のせいで熱の籠り始めている瞳が、俺をじっと見上げている。
「ね?本気だって言ったでしょ?信じてくれたかな?」
口の端を少しだけ上げて、挑戦的な笑みを向けるこいつは、本当に俺の知っている相馬なのだろうか。
ぺろり、と軽く唇を舐めるその動作に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「先生、私、先生にずっと触れてほしかったんだ。だから、」
「わかった!わかったから、もうこれ以上近付いてくんなっ」
常のポーカーフェイスは何処へやら、焦ったように相馬を押しのけるが、そんな己の行動でさえどぎまぎさせられる。
成長途中である彼女の身体は、それでも柔らかくしなやかで、女性の色香を充分醸し出していた。
「あはは、先生顔真っ赤ー。もしかしなくても、私のこと意識してくれた?」
「馬鹿、誰がっ」
その反応に満足したのか、相馬が嬉しそうに笑い、鞄を肩にかけた。
「まぁ今日はこのくらいにして、帰るかなぁ。それじゃあセンセイ、また明日ね」
「…気をつけて帰れよ」
「うん、ありがとう。潤先生?」
「教師を名前で呼ぶな」
「あははー」
バイバイ、と、とても教師に対して取るべき行動とは思えない軽い挨拶をして去って行った彼女の後姿を、俺は複雑な気分で見送っていた。
足音が完璧に聞こえなくなったとろこで、へたりと傍にあった椅子へと凭れ込む。
「あいつ、教師を馬鹿にしすぎだ」
赤くなった顔を隠すように、額に手をやり俯く。
(先生のお嫁さんにして、か。あんな瞳であんな風に言われたら、…本気にするぞ)
唇にはまだ柔らかな、心地よい感触の余韻が残っていた。