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計算外なこと

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あれ?と臨也は首を傾げた。

 こんなはずではなかったのにとも思いながらちらりと視線を向けるとその先にはただニコニコと笑っている帝人の姿があった。

 臨也が渡したマグカップを両手に持ち、楽しそうにニコニコと笑う帝人はそれだけで可愛いと思えるのだが……。


「臨也さん。じっと見つめられると本気でウザいです」


 当社何倍比だろうと思うくらい毒がひどくなっているのだ。

 それもニコニコとほほ笑んだまま毒を吐くのだから、更に受けるダメージは深い。

 こんなはずじゃなかったんだけどなぁと未だにニコニコしている帝人を見ながらそっと心の中で呟いた。

 そう、こんなはずではなかったのだ。

 よくシュチュエーションであるだろう。酒を飲んだらそばにいる相手にひたすら甘えたり、誰とでもキスをしたりするということが。

 実際に帝人が酔うとどうなるかは知らなかったから、一度酔わせてみたらどういう反応をするかが気になったのは認める。

 だから、泊まりに来なと自分のマンションまで引っ張り込んで、その反応をじっくり見ようとしたのも認めるしか無い。

 帝人は未成年だから普通に酒を勧めても絶対に飲まないだろうから、何かに混ぜて飲ませればいいと思いついたのもまぁ認めよう。

 そして、寝る前だけどと紅茶を入れて、普通なら垂らす程度の量しか入れないブランデーを普通の大人でもきついんじゃないだろうかと思うほど入れたことも……認めるしか無いのだろうか。

 だからって……誰もこんな状態になるなんて思いつきもしなかっただろう。

 誰が酔うと普段よりも毒舌を、しかもいつも見せないほど爽やかな笑顔を浮かべたまま吐きまくるなんて予想できるだろうか。

 普通予想なんてできないよねと臨也はまた静かに呟いてからそっと息を吐いた。


「臨也さん、一人で呟いてるとただの変な人にしか思われませんよ。

 あ、元々変な人ですからいまさらですね」


 その溜息を吐いた臨也を見て帝人がにこやかな顔のままそう言葉を投げてから、手の中にあるマグカップに口を付けた。

 カップからはほのかに湯気が出ているからまだ中身は残っているらしい。

 それを美味しそうに飲んでから帝人はさらにニコニコと微笑む。

 酔った帝人が見てみたいと思ってかなり多めにブランデーを入れたのだが、それは本当に失敗だったのかもしれない。

 そう心の中で呟いてから臨也は床にぺたりと座り込んだままマグカップを両手で包むように持っている帝人に近づいた。

そしてそのカップを帝人から離そうと帝人の手の上からそっと握りこむと、とたんに帝人の顔から笑みが消えた。

 先程までのにこやかな笑みからかなり機嫌を損ねたのか少し怒りの混じった表情を浮かべ、臨也を睨みつけた。


「これは僕のなんであげません。だから手を離してください。

 臨也さんがくれたものなのに珍しく何もなくて美味しいから気に入ってたのに……」


 そこまで言ってから臨也の手をペシッとカップを持っていない手で叩き、頬を膨らませた帝人を見て、臨也は思わず額に手をやった。

 なにこの可愛い生き物と思わず素で呟いてからカップから手を離すと、帝人はそれに満足したのかまたニコニコと笑みを浮かべ、カップに残っていたものを飲み干した。

 そんな様子を見て、臨也は息を吐いた。

 帝人が何もされていないと言っていたカップの中身は紅茶と高校生が飲むにはきつすぎるくらいの量のブランデーが入っているはずなのだが、それを全く感じなかったのだろうか。

 まぁ紅茶の中にミルクではなく牛乳とその他に砂糖も入れたので、ブランデーの味が誤魔化されているのだが。

 それを美味しそうに飲み干し、毒舌は普段以上にひどくなってはいるのだがそれでも素面の時ならば絶対に見せてくれないであろう面々の笑みを自分に向けているのだから、多少の計算違いもまぁ仕方が無いと思えるのだろうか。


「臨也さん。僕の顔を見ながら無言でいると不気味です。まぁ何か話し始めてもうざいし気持ち悪いですけど」


 だから見つめないでくださいときっぱりと言い切った帝人に向かって、臨也は今度は本当にわざとらしいくらいわざとらしく溜息を吐いた。

 そして片手で自分の顔を覆うとそのまま帝人から顔を逸らせてみせた。


「ひどいよ、帝人くん。俺のことをそんなふうに思っていただなんて」


「だって本当にそうじゃないですか。

 まぁでもウザくても好きなんだからしょうがないですよね……しょうがないから傍にいてあげますね」


 そうニッコリと笑顔を向けてから帝人はそのままクタッと顔を下に向けた。

 それを見てどうしたのだろうかと顔を覗き込もうとしたが、すぐに帝人から静かな寝息が聞こえてきた。

 アルコールが回ってそのまま睡魔に負けてしまったのだろう。

 眠ったままでもマグカップを両手で包むように持ったままの帝人に思わず苦笑してから臨也は優しくその手を自分の手で包むと、起こさないようにマグカップをその手の中から取り出した。

 そしてそれを自分の近くにある台の上に置くとゆっくりと立ち上がり、眠ったままの帝人の体をそっと抱え上げた。

 そのまま眠らせては風邪をひくだろうし、ただ毛布をかけるだけでは安心して寝ていられないだろうと思ったためだった。

 アルコールのせいだとはいえ、無防備に眠ってしまった帝人をそのままにしておけないという考えもあったのかもしれない。

それに……


「最後に可愛いことを言ってくれたから、そのままにしておきたくないと思ったのかもね」


 仕方が無いという言葉はついていたが、傍にいてくれると帝人が言ってくれたのだから嬉しくて仕方が無いと思ってしまう。


「酔っていても素直じゃないってところが苦笑いしか出てこないけどね」


 まぁそれでも言葉通りずっと傍にいてもらわないとね。

 そう人の悪い笑みを浮かべながら臨也は抱えたままの帝人が安眠できるようにベッドに向かうべく、ゆっくりと歩きだした。
作品名:計算外なこと 作家名:小島泉