ひとり占め禁止
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「兄さんも」
「おー、サンキュ」
金髪グラサンバーテンに、やり手の人気俳優、そして近くにある私立高校の制服を身にまとった童顔の少年というわけのわからない組み合わせに、先程彼らにソフトクリームを手渡したばかりのアイスショップの店員は、思わず携帯のカメラの焦点を彼らに合わせてしまった。が、バーテン服の男に睨まれ慌てて下げる。あの男は池袋で有名な喧嘩屋だ。怒らせたら無事では済まない。店員にとって幸いなことに、男はそれ以上彼に関心を示そうとしなかった。
それはなぜかというと、とても高校生に見えないほど幼い顔をした少年に、こっそりと服の裾を握られていたからであるのだが。
「静雄さん、抑えて下さい」
「…竜ヶ峰がそう言うなら仕方ねぇな」
くいくいと裾を引きながら長身を見上げるその姿は小動物を連想させて、先程まで不躾に向けられる視線に不快な表情を露骨に表していた静雄の眉間の皺が消えた。かわりに柔らかな微笑すら浮かび、少年の頭に手を伸ばすとぐりぐりとその短い髪をかき混ぜた。子供扱いしないでくださいよと文句を言われてもお構いなしだ。
面白くないのは、ソフトクリームを奢ったにも関わらず放置された幽である。
「帝人くん、アイス溶けるよ」
「え?あ、ほんとですね」
肩をちょんと突いて、注意を自分の兄からこちらへと向けさせる。静雄の表情が若干不機嫌そうなものへと変わったが、そんなものは無視である。今はそうでもないが昔は喧嘩ばかりしていたので、常人なら震えあがる静雄の怒りにもとうの昔に慣れ切ってしまっている。さすが池袋最強の喧嘩人形の弟。
「おいしい?」
「はい!幽さん、ありがとうございます」
「どういたしまして。帝人くんが喜んでくれるのが一番だから」
1ミリも動いたように見えない弟の今現在の感情を、静雄はほぼ正確に読み取った。嬉しがっている。しかも相当。
静雄は弟のことは家族として大切に思っているので、幽が喜んでいるのは兄として純粋に嬉しい。はずなのだが、今回はなんだか複雑な気分だった。
構ってほしくてじっと帝人を見詰めていると、その視線を不思議に思ったのか、帝人がもう一度静雄の顔を見上げてきた。少し小首を傾げているその仕草がまた愛らしい。これを素でやっているのだから困ったものである。…無意識に他の連中にやったりしていないだろうか。主にノミ蟲とかノミ蟲とか自称親友兼幼馴染とか新宿の某情報屋とかノミ蟲とか。
あの憎たらしい顔を思い出してしまい、思わず額に青筋が浮かぶ。
「静雄さん?どうかしましたか?」
「いや、悪い。なんでもねぇ」
「?…あ、もしかして食べたいんですか?これ」
頭を振って嫌な記憶を散らした静雄になにを勘違いしたのか、帝人が自分のストロベリーソフトを差し出してきた。
反射的に口にしそうになり、はっとして動きを止める。もしかしなくてもこれはもちろん帝人の食べかけ。イコール。
(間接…)
静雄の動きが止まったのを怪訝に思った帝人もすぐはっとして、慌ててそれを下げた。微妙に顔が赤い。
「す、すみません、思わず…。正臣相手だとよくやってるんで、つい」
彼の口から親友兼幼馴染の名前が出て、静雄がびしりと音を立てて固まった。男友達同士なのだから何もおかしいところなどないはずなのだが、もやもやする感情は消えない。それは幽も同じなようで、もちろん静雄が読み取れる範囲内ではあるが、常の無表情さの中にむっとしたような色が滲んでいる。
そして最初にアクションを起こしたのは、弟のほうだった。
顔を近づけて、食べかけのストロベリーソフトを一口ぱくりと口に含んだ。
「え?え?」
「ストロベリーもなかなかおいしいね」
「あ、はい。そうですよね。おいしいですよね」
「俺のチョコも食べる?」
「いいんですか?」
「うん。食べ合いっこしよう」
ずいと茶色のソフトクリームを目の前に出され、幽さんもこんなことするんだなぁなんか意外だなぁと思いながら帝人はそれを口に含んだ。チョコレート特有のどろりとした甘さが口の中に広がる。
「おいしいですね」
「うん。あと、もう一口ストロベリーもらってもいい?」
「どうぞ」
交互に食べさし合いっこをする姿は実に微笑ましい。微笑ましいが、一人蚊帳の外の静雄は大変面白くない。
ぐいと肩をつかみ、半ば無理やり帝人の注意をこちらに向ける。
「竜ヶ峰、俺も」
「?いいですよ」
「兄さん、横取りしないでよ」
「うるせぇ。…竜ヶ峰、俺のも食うか?」
「い、いただきます」
「うまいか?」
「はい。おいしいです」
にっこりと笑う帝人に、静雄も満足げに笑みを返す。
それを見てやはり面白くない幽がちょっかいをかけて…以下ループ。
兄弟間で繰り広げられる争奪戦。獲物がなんなのか、知らぬは当の本人ばかりであった。