肩車
「こ、こっちか?」
ただいま俺はファミレスの一キッチン係にも関わらず絶賛、肉体労働中だ。
何のって? 何をどうしたか肩車の真っ最中で、もちろん下さ。
じゃあ何故かって? それは俺にも分からんし恐らく上に乗っている八千代にも分からんだろうな。
「どうだ八千代? 何か手がかりはあったか?」
「何も分からないわ。そもそも本当にここなのかしら?」
最初、肩車をする事が決定した時は誰がするか少し揉めたんだ。
小鳥遊なら喜んで種島を肩車するだろうし、相馬が山田をでも問題はないだろう。脚立を持ってきて俺一人だけでも問題はなかった。
なかったはずなんだが……気づいたら八千代が相馬に上手く丸め込まれていて俺も嵌められていた。
しかもあの野郎、キッチンに戻る間際に俺の耳元で 『轟さんのふとももを堪能するチャンスだよ?』 なんて言いやがって。
何とか背中に蹴りをくれてやったが、正直なところ、少し……いや、かなり意識してしまっている。
普段でも短めのスカートが脚を曲げる事によってより露出し、自分の顔を挟んで存在しているかと思うと……キッチンの制服、特に下がゆとりのある作りで良かったとつくづく思う。
「おい八千代。そろそろ疲れてきたんだが」
「ご、ごめんなさい。そうよね私重いから……」
「そんなんじゃねーよ。ただ体勢を直したいだけだ」
八千代が重い訳がないし、それを支え続けられないほどやわでもない。
ただ、これ以上この健康的なふとももに顔を挟まれ続けると気が狂って体がおかしくなっちまいそうだから小休止をいれたい。
「一旦降ろすぞ」
「ゆっくりお願いね」
そう八千代が言って俺が腰を下ろしかけた瞬間。
「あっ! ちょっとストップ佐藤君!」
「え? あ、おいちょっ待て!」
八千代が俺にストップをかけてきた。だが、途中で止まれるはずもなく。
「佐藤くーん。すごい音がしたけど大丈夫かーい?」
「大変です相馬さん! もしかしたらバランスを崩した佐藤さんが八千代さんを支えようとしたけど上手くいかず、結果的に八千代さんが佐藤さんに覆いかぶさる形になっているかもしれません!」
「すごく説明的だね……」
どうやら一瞬だけ気を失っていたらしい。倒れた時に打ったのか、頭が少し痛む。
意識が戻ってくると同時にキッチンの方から相馬と山田の声が近づいてくるのが聞こえてきた。
そうだ、八千代は……?
「佐藤くーん……うわぁ大胆だね」
「想定外です! 覆いかぶさっているよりドキドキです!」
ああ? 何を言ってんだこいつらは。それよりも八千代は……
「あのーさとーくんだいじょうぶ?」
「俺は大丈夫だ……!?」
八千代は果たして、俺の腕の中にいた。
意識がはっきりしてきた俺が見た光景は、右手で八千代の頭を庇い、左手は衝撃を少しでも減らそうとしたのだろうか、俺の体に密着させるように抱き寄せられている八千代だった。
「佐藤君やるね! 想いがなせる技だよ!」
「山田感動しました! 愛の力は偉大です!」
「お前ら、いいから戻れ」
ったく、いつまでもうるさい奴らだ。
写真を撮りつつ楽しそうに囃し立てていた相馬と山田を追い出した俺は不思議と冷静になっていた。
尚も抱きしめたままで、腕の中で顔を赤くしている八千代に話しかける。
「八千代、大丈夫か? どこか痛むところはないか?」
「だ、大丈夫、佐藤くんが守ってくれたから。さ佐藤君こそ本当に大丈夫?」
「……頭を打ったみたいで痛いな」
「それは大変ね! ほら、こっち来て」
俺の腕の中から抜け出した八千代は休憩室の方へ向かい、椅子を横に並べ端っこに座るとぽんぽんと自分の膝を叩いた。
おい、それはあれか。いわゆるアレなのか。
「私のせいで佐藤君に怪我させてしまって……こんな事しか出来ないけど……ごめんなさい」
しゅん、とうなだれる八千代。
ここまでされて断れる奴なんているのだろうか。
俺は起き上がり、ややふらつきながらも椅子に寝転がった。
横を向くと頬に八千代のふとももが当たって意識してしまいそうで、自然と上を向く形になってしまう。
「ふふっ何だか照れるわ」
「あぁ、俺もそんな感じだ」
上を向けば八千代は聖母のような微笑で俺の顔を覗き込んでいて。しかも無意識なのか、自然と髪まで撫でてきて。見間違えでなければまだ顔は赤いような気がする。
そんなだから生殺し世界一で鳥頭なんだよちくしょう。
「なあ八千代」
「なぁにさとーくん?」
「好きだ」
「え?」
返事を待たず、気だるい腕を上に伸ばし八千代の頭に添えると、俺はそのままその無垢な顔を優しく自分の顔に重なるように引き寄せた。