記憶喪失ネタ
「だろ? 俺も最初は何気なくテレビ点けっぱなしにしてただけだったんだけど、途中から気になりだして最後まで見てしまったんだよ」
バイトが終わった後、私達は潤君の部屋でレンタル店で借りてきた、あるDVDを見終わったところだった。
そのとあるDVDとは、ある日ワグナリアで雑談をしていて、映画の話になった時に潤君が話題に出した夜中に見たという映画のDVD。
潤君はその時ちょうど大学の課題の真っ最中で、眠気覚ましにと点けていたテレビから流れてきたのがこの映画だったみたいで。
最初は聞き慣れないフランス語の台詞を聞き流していたらしいのだけど、半分を過ぎたあたりから気になりだして最終的にはラストまで見ちゃったみたい。
その話を聞いた私は潤君が気になったものだから、とお願いしてレンタルしてきてもらった。
「最後に記憶を取り戻して自分の想いを告白するシーンなんて感動して涙が出ちゃった」
「へえ、お前の鳥頭でもそういうのが解るのか」
「もう、ひどいわ潤君!」
「冗談だよ冗談」
そう言って柔らかく笑う潤君に私はドキドキしてしまう。
いつか付き合う前に、潤君の隣で私には見せない今のような笑顔を見られる人を想像して自己嫌悪をした事もあったけど。
今この笑顔は正真正銘、私だけに向けられていて、それが堪らなく嬉しい。
「深夜補整かなって思ったけど今見ても充分面白かったな」
「しんやほせい?」
「なんつーか……勢いみたいなそれでいてフワフワした感じだ」
「? そう?」
『しんやほせい』 を考えながらプレーヤーからディスクを出してケースに片付けている潤君を見る。
ば、爆発したり襲ってきたりしないのかしら……
「なぁ八千代」
「なに潤君?」
「あー……変な事を訊くみたいで悪いんだけど」
「うん?」
「俺が今の映画みたいに記憶がなくなったらどうする?」
沈黙。
うーん、どうするって言われても。そんなのきっと決まっているわ。
「潤君は私が記憶喪失になっちゃったらどうするの?」
「守る。守って記憶を取り戻す方法を捜す」
「戻らなかったら?」
「そこからまた思い出を創っていけばいい。八千代、俺はお前の意見を……」
「私もそう。今、潤君が言った事とまったく一緒よ」
でも一番は記憶喪失なんかにならない事よね。
だっていくらまた創っていけばいいって言ったって、今までの記憶がないなんてそれはやっぱり少し辛いわ。
「そうか……ありがとう八千代」
「ふふ、こちらこそ潤君」
あれ? 普段ならすごく照れくさくて恥ずかしい言い合いをしたはずなのに、不思議と穏やかな気持ちで満ちているのはどうしてなのかしら?
もしかしてこれが 『しんやほせい』 ?
「じゃ、返却ついでに何か食いに行くか。何か食いたいものあるか?」
「ええと、杏子さんがいつもの店に榊さんといるらしいからそこでいい?」
「また店長か……まああの人もいるならいいか。よし行くぞ」
そうだ。
杏子さんと榊さんに訊いてみよう。
私達、さっき恥ずかしい事をしたけれどすごく幸せです、これって 『しんやほせい』 ですか? って。