ごあいさつ
「幸村…」
「な、何をなさっておられるのだ、政宗殿!」
幸村の前に立った政宗がいきなりしゃがんだかと思うと、片膝を地につけた。もう片方の膝の上に腕をのせ、空いた手で逃げようとしていた幸村の手をとった。幸村は手を取られ、逃げだせなかった。いや、逃げだそうとすれば逃げだせるのだが、逃げようとはしなかった。政宗と幸村の視線が合わさり、離れない。突如政宗が不敵な笑みを浮かべた。
「見てな。これが南蛮のあいさつらしいぜ」
幸村の手を自分の方へ寄せ、唇を触れさせた。
「なっ!」
「変わってるよな。まぁ俺としては手なんかよりも口にした方がいいと思うが…」
そんなことしちまったら抑えが利かなくなっちまう。幸村の手先を見つめ、淡々とした調子で続ける政宗に対し、幸村はゆでダコのごとく顔を赤く染めていた。なんの返答もないのでどうしたものかと政宗は顔を上げた。その時
「は、破廉恥であるぞ、伊達政宗ぇぇぇぇぇ!!!!」
大声をあげ、政宗の手を振りほどいて走り去った。
「Shit!逃げられたか!」
後を追いかけようとしたが、突如背後から肩を掴まれた。政宗の動きが止まる。そして壊れかけのカラクリのように顔だけ後ろへ向けた。
「政宗様、本日の執務はまだ終わられていないようですな。さあ、今すぐ戻り、続きをなさってくだされ」
軟らかく笑みを浮かべる小十郎。だが、有無を言わせない気迫が備わっていた。政宗は横目で幸村の消えた方角を見たが、彼の姿を見つけることはかなわなかった。幸村を追いかけることは諦め、城に戻ろうと踵を返し歩を進めた。
「幸村、今度は逃がさねぇからな」
と呟いて。
―完―