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彗クロ 1

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 しかし……レグルの心臓を緩く締めつけるのは、安堵とは程遠い感情だった。崖っぷちでなんとか捕まえていた手が、するりと抜け落ちてしまったような、ひどい喪失感。言いようのない予感が、瞳を揺らす。
「……まさか、奴らに連れてかれた……?」
 わからない、というように、ルークはかぶりを振った。
「俺が目覚めた時には、もう、誰も。はっきり言えるのは、ここにメティはいなくて、俺たちは追われる身だってことだけだ」
 そう言いつつ、ルークはふと、ズボンのポケットの中から探り当てた何かを取り出した。両手の上で広げられたその布を、レグルは知っていた。なんでルークがそれを持っているのか。疑問が心の隅に引っかかった。
 ルークは布の端と端を持って、やおらレグルの頭部に回した。今朝おろしたばかりのはずの真新しいバンダナは、なのになぜだか何度も洗濯したあとのようにふたまわりくらい縮んでしまっていて、レグルの癖毛を包みきれずに、幅広の鉢金のような具合に前頭部を覆うにとどまった。これではもう、髪を隠すことはできないだろう。
 キュッ、と丁寧に結び目を引き結んで、ゆっくりと下ろされた手は、そのままレグルの肩に力強く置かれた。間近に覗く碧玉は、数瞬前までの濁りを脱ぎ捨て、生命の輝きに溢れている。
「まずは一旦退こう、レグル。ここで俺たちにできることは何もない。外に出て、一緒にメティを捜そう」
「メティを……?」
 ルーク・フォン・ファブレ――三年前まで確かにその名の主であった少年は、決然と頷いた。
「お前が起こしたこれを奇跡と呼ぶなら、俺が果たさなきゃならない役目は、きっとそれだ」


 城の東棟に繋がる通路は一部分が海に面して開けていて、吹き抜けになった天然の岩棚が通路に利用されていた。レグルとルークが通りかかった時、海はちょうど干潮の頃合で、岩棚の下に隠されていた干潟が姿を現していた。二人はこれを利用して、城の死角を海沿いに南下した。甲斐あって、追っ手らしき気配に追いつかれることもなく、レグルたちは無事、敵の居城から逃れることに成功した。
 脱出を決めてからざっと半刻足らず、二人助け合いながらたどり着いた南ルグニカ平野は、視界一面ひたすらの青野が風に吹かれているばかり。人っこ一人影もなく、束の間とはいえ思いのほかあっけなく自由が戻ってきたことを、絶大なる解放感とともにレグルに実感させた。
 城からの距離を目算し、太陽の位置と影の長さから時刻と方角を割り出そうとするレグルの隣で、ルークはなんだかぼんやりと突っ立っていた。空を仰ぎ、そのあまりの広さと青さに、途方に暮れているようだった。
 レグルは首を傾げ、ルークを真似て頭上を見た。雲の少ない空は劇的に表情を変えることもなく、瓦礫の上にひっくり返って見上げたあの時から、さほどの時間の経過を感じさせなかった。
「……ただいま」
 ちいさく、本当にかすかに。風の届けた消え入りそうなルークの声に、レグルはなぜだか、聞こえないふりをしてしまった。


作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯