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彗クロ 1

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 皆まで口にするのを許されず、レグルの額に冷たく硬い感触が突きつけられた。焦点を合わせることのできるギリギリの至近距離で、青年の人差し指が引き金を引いた。ポンッ。フラスコから丸い煙が吹き上がるのと同じ要領の間抜けな爆発音と存外の衝撃に、レグルの身体はものの見事にひっくり返った。
「――う……わああああああっ!?」
 一拍置いて、メティが素っ頓狂な悲鳴を上げた。人見知りも銃への恐怖も忘れたのか、荷台のオレンジの山をかき分けて、必死になってレグルの身体を揺さぶり始める。
「レグル、レグルっ、大丈夫!? ねえレグルってば!」
「……った、ちょ、い、だあっ! 揺らすなメティ、窒息するっつの!」
「あれ……レグル、無事……? ていうかケガ……」
「ん? ――おお!?」
 レグルは上体を起こしながら身体中に忙しなく手を這わせて確かめた。打撲の痕を押しても関節を動かしても、ちっとも痛くない。見える限りの擦り傷や痣も、すっかり治りきっている。まるで、そう、譜術だ。
「嘘だろ……」
「第七音素はもうほとんど使えないはずなのに……」
「すっごいだろー?」
 呆然とする子供らに、青年は銃の背で自分の肩を叩きながら屈託なく笑ってみせた。
「こいつは創世暦時代に曰くのあるちょっとした業物でね、スロットルに音素を溜めておけるんだ。おかげで譜業音痴の僕でもいっぱしの譜術士まがいなことができちゃうわけ」
「……どう見てもただの薬売りがホイホイ持ち歩けるシロモンじゃねえな」
「ふっふっふっ、その辺は大人力ってやつでして」
「関わりたくねー感じの話だなオイ。治療費なんか払わねえぞ」
「それはもちろん。騒ぎを大きくしちゃったお詫びだよ」
「ふん」
 胡散臭げに鼻を鳴らして、レグルは軽々と荷台を降りた。全身の鈍痛はすっかり消えてなくなり、むしろいつも以上に身体が軽く感じるくらいだ。それがまたなんとなく癇に障ったので、ちょっと前まで痛みが億劫で動こうにも一ミリも動けなかったことをすっかり棚上げにして、笑顔を絶やさぬ青年にはすげない渋面を突き返してやる。
「なら、これで貸し借りチャラってことでいいよな」
 暗に礼は言わないぞと言い回して、レグルは大門に背を向けて足早に街道を歩き出した。えええっ、と驚きを露わにしつつも、わたわたとメティが続いた。それでも青年にペコリと一礼を置いていくあたりが、育ちの違いを如実に物語ってしまっている。青年は晴れやかに手を振って二人を見送った。
 一寸たりとも振り返らずに競歩めいた足取りでずんずん進むレグルに、メティは足をもつれさせつつ追いすがる。
「れ、レグルっ、どこ行くのっ?」
「帰る」
「こんなに明るいのに……?」
「デカイ金持って歩き回るのは性に合わねーの。てかお前、なんでついてきてんの? ウチ泊まってくか?」
「え、ええ〜……それって野宿だよね……」
「言いやがったな町育ちめ。ハイハイ野蛮な野生児で悪ぅございましたぁ」
「そんなこと……言ってないし……」
 メティの語調はみるみる尻すぼみに力をなくし、レグルを追う足取りも鈍くなる。片目だけでそれを振り返り、レグルは肺に溜めた呼吸を鼻から逃がした。
 メティとは生まれて間もない頃からの付き合いだ。雛の刷り込みよろしくいつまでたってもつきまとう腐れ縁を、レグルも憎からず思ってはいる。だから、レプリカとオリジナルの狭間で揺れるメティの葛藤を、理不尽だとは思わないことにしていた。
「いいからお前帰っとけ。ヒト連れて帰るとじっちゃんがうっせーしさ。だいいち森なんか行ったら親ぁ心配すんだろ」
「う、うん……まあ」
「おれも今日は疲れてんだ、お前の送り迎えなんてごめんだぜ。プチプリ相手にビビってブザマに尻餅ついちゃってるよーな弱虫ちゃんは、魔物が出てくる前にとっととおうち帰ってかあちゃんのおっぱい吸ってりゃいいんじゃね?」
「……そんな、言い方……しなくても……」
 後をついてくる足音が完全に止まった。レグルはかまわずざくざく進む。言い過ぎたか?と思った瞬間に冗談じゃない!と反発する。ひとりで決断できないメティには、このくらいでちょうどいいのだ。
 背後の気配はいつまでたっても動かない。レグルの意地悪。そんなぼやきが聞こえた気がしたが聞かなかったことにして、レグルは一路帰途を急いだ。



作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯