彗クロ 1
説教モードが一段落したのをかぎつけ、レグルはぱっと顔を輝かせた。懐に忍ばせた皮袋を取り出して、自信満々に突きつける。
「今日のぶん。まだちゃんと数えてないけど、たぶん結構ある。今まで貯めたぶんとあわせれば、剣一本買ってもお釣りがくると思うんだ」
「ふぅむ、確かに……」
「なあなあじっちゃん、実剣解禁、いいだろっ? 人間には向けないし、人前では剣技は使わない。誓うよ、絶対! だからさあ……!」
「調子に乗るでないわ。まだまだ早い」
「ええーっ」
「大体、剣などというものは自ら望んで持つようなものではない。持つべき者が、持つべき時に、やむにやまれず手に取るものだ。子供の玩具じゃないんだからの。お前にとってのその時が来るや否や、それまでは木刀以外を禁ずると言ったはずだ」
「んなこと言って、普段から持ち慣れてないといざ『その時』が来てもとっさに使えねーじゃん! つか、やむにやまれない事態ならとっくに片足突っ込んでるっつの! おれみたいな半端者のレプリカが食ってくにはもう用心棒稼業くらいしかないんだって! いくら食っちゃ寝草食獣でもじっちゃんならわかんだろそんくらいっ!?」
「ふん、人を斬る度胸も覚悟もない小僧が用心棒を騙ろうなぞ、それこそ十年早いわい」
「斬れないんじゃない、斬、ら、な、い! おれは、人殺しはしない主義!」
「ほーぉ。では、仮にお前の『頭の中身』を差し出せと迫る相手も斬らぬと、そう言うつもりか」
「っ、そりゃっ……殺さずに済むんなら、他のやり方考えるし……」
「喩えが悪かったな。……お前の護りたいものを護るためには、どうあっても一人、第三者の命を葬らねばならない――そう言われたら、どうする」
レグルは今度こそ絶句した。心臓が数瞬、活動を停止したのを自覚する。
意地が悪いどころの話ではない。例え話にしても最悪だ。
「……っつか、なんか話飛んでね? 突飛すぎて想像つかねーし」
「あるいはそのような事態に陥ることもあるかもしれぬという、可能性の話だ。――だがのぅ、レグル」
たっぷり蓄えた眉の下で、長老はどことなく遠い眼差しをしたようだった。
「もし、実際にお前を害するために何者かが立ちはだかったとして、あるいは己と他者の命とを天秤にかけることになった時、お前は迷わず己をとれ」
「……は?」
「お前と、お前の護るべきもののためには手段を選ぶな。オリジナルを何人屠ろうとも、たとえレプリカの屍の上に立つことになろうとも、そなたたちは必ず生き延びろ」
「な、何言って……」
「言ったぞ。忘れるな。……やれやれ、わしはもう疲れたわい。今日はこれで休ませてもらうことにするかのー」
「ちょっ……言い逃げ!?」
「ああそうそう武器の話だがの、エンゲーブで一番安い剣なら買ってもよいぞぃ」
レグルの制止にも取り合わず、長老は短い二本足でしずしずと巣穴の奥へ引っ込んでしまった。
すかさず物陰に隠れていた連中が一斉に姿を現し、レグルは瞬く間に色とりどりのチーグルたちに囲まれた。親子兄弟も同然に育った仲間たちにみゅうみゅうみゅうみゅう囃したてられながら、しかしレグルはつい先ほど誓った傍観者たちへの報復も忘れて、長老の去った巣穴の暗がりを呆然と見つめた。
「一番安いの……って、木刀じゃん……」
唇を曲げて本格的にいじけてしまった図体のでかい末弟の身体に、ぽんっ、とやや同情的な小さな手が殺到した。