彗クロ 1
レグルが親指で人だかりの向こうを指差すと、拳骨未満の拳に頭のてっぺんを小突かれた。
「あいつらって言うな。村の恩人だぞ」
「恩人?」
「三年前に世界を救った英雄何某だよ」
「ええっ!? ――っうぷ」
思わず大声を上げかけたメティの口をとっさに塞いで、レグルは遠目に男たちを凝視した。脳裏につのる懐かしさに比例して、心臓が汗をかくような逃避衝動が膨れ上がっていく。
「髪の長いほうは見ての通りの軍人で、文句なしのお偉いさんだ。もう一人はピオニー陛下の秘書だか近衛だか小間使いだか……まあ大層な家名に爵位持ちなんだから、どっちにしろ俺らにしてみりゃ天上のお人らだな」
「……そんなオエライ連中が、なんだってこんな田舎に?」
「あー……それなァ……」
主人はいささかばつの悪い顔をして中央の夫妻を顎で示した。
「あの夫婦、南区の新入りなんだが、どうも昨日レプリカがらみでひと悶着起こしたらしいんだよ」
レグルとメティは思わず目を合わせた。
「もっとも、あの二人は盗賊に襲われた被害者のはずなんだがな。盗賊の頭目に重傷者が出たってんで、コトが大事になってるんだ」
「でも、それって、あのおばさんたちのせいじゃないよね……?」
「ああ、偶然通りがかった旅人が二人を助けるためにやったことで、そっちは正当防衛が認められてる。問題は、当の善意の第三者が、あの夫婦が盗賊に襲われたどさくさに、レプリカを虐待していたと証言してるってことだ」
ニット帽の下で張り裂けんばかりに見開かれた瞳が向けられるのを、レグルは頬で感じた。メティには昨日の負傷の詳細な要因を教えていなかった。
「女房の方はそりゃあ多少はキツイ気性はしちゃいるが、いくらなんでも何かの間違いだとは思うんだが。お上はレプリカの人権問題には敏感だからなあ。それもカーティスの大将が出張ってきたとあっちゃ、下手すりゃ農地取り上げってことも」
「――メティ」
静かに、あまりにも静粛に、レグルは相棒の名を呼んだ。心中の動揺はすでに凪ぎ、視線はまっすぐ一点を見据えたまま。
「おれになんかあったら、じっちゃんによろしく頼むな」
「……ちょっ、レグル、まさか!?」
瞬時に発言の意図を読み取ってくれたらしくメティが慌てた。それも当然、現実に立ちはだかる不条理を発見した時に、レグルが必ず口にするいつものセリフだったのだ。
レグルは背筋を伸ばし、できるだけ尊大に胸を張った。病は気から、戦いも気から、気は形から。年齢と経験と体格のハンデは、気持ちで補うのがレグル流だ。
脳裏では相変わらず狂おしいまでの懐古が警鐘を鳴らしていたが、レグルはこれを完全に無視した。戦うべき相手を知ったレグルは迷わない。長老の言いつけだって破ってみせる。
(ごめん、ルーク)
寸暇、胸中で懺悔して、レグルは目の前の現実を叩き潰すべく一歩を踏み出した。