かくれんぼ
夕焼けがきらりと鉄の遊具を照らし、普段見慣れているはずの遊具はその陰影を濃くする。
その何とも言えない不気味さに、静雄はぶるり、と肩を震わせた。
いーち、にーい、さーん、呑気な声が耳に届き、慌てて園内を見渡す。
いつもは子供たちで溢れ返る公園も、もう遅い時刻だからか、それともたまたまか、臨也と静雄以外に人影はなかった。
はーち、きゅーう、じゅーう、もういいかーい。
臨也の良く通る声がさわりと生温い風に乗り響き渡る。
静雄は素早く背後の植え込みに体を滑り込ませ、もういいよ、と聞こえるかも定かではない声量で返した。
臨也の運動靴がじゃりじゃりと歩き回る音を聞きながら、静雄は帰りたい、と漠然とした思いを胸に抱く。
もう帰りたい、どうして自分は臨也からの誘いを受けてしまったんだろうか、とにかく早く帰りたかった。
けれどここで顔を出してしまえば、かくれんぼは間違いなく静雄の負けである。
しかも圧倒的に屈辱的な負け方だ、だって自分からのこのこと出ていくなんて。
勝ち誇ったような、そして少し見下したような臨也の顔を思い出し、静雄はぎゅっと膝に置いた手を握った。
折原臨也、彼の笑った顔が静雄は苦手だった。
けれど自身の力のせいで人との接し方に幾分疎い静雄は、いつも自分に何かと構う臨也を振り払うことが出来ず、今日みたいに振り回されてしまうのだ。
結局その場から動くことの出来ない静雄は、小さく小さく体を縮こませ、早く見つけてくれないかと、そればかりを祈った。
「シズちゃーん。いないのー?」
臨也のまるでやる気のない声が、ぼんやりとした不明瞭さで聞こえる。
どうして早く見つけてくれないんだ、と静雄は叫びたい気持ちを抑え、ひたすらに地面を見つめた。
瞬間びくり、と肩を震わせる。
何か、いる、と本能的な勘で悟った。うしろに、なにかが、いる。
静雄はがくがくと肩を震わせ、目を見開き茂みの隙間から必死になって臨也を探した。
ひょろりとした足はそう遠くない所をゆらゆらと歩いているのに、こちらに近づく気配はまるでない。
静雄は動けなかった。今動いたら終わりだ、と警鐘が頭の中にがんがんと響く。
ソレは背中に圧し掛かるような存在感を示し、物音一つ立てないくせに、確かに静雄はいる、と確信する。
「シーズーちゃーん。そろそろ飽きちゃったんだけど」
臨也の声も耳に入らなかった。
振り返ってはいけない、そう思うのに、気になって気になって仕方なくなり、静雄は荒くなった呼吸をふ、ふ、と不規則に吐き出す。
ぎぎぎ、とまるで錆びついたブリキのように、静雄はゆっくりと首を回した。
地面が90度回転したところで、僅かに目線を上げていく。
見えたのは、大きな皮靴、ひとの、あし。
「っひ・・・!」
視界ががくがくとぶれる、それは静雄の体が無様なほどに震えているからだと、小さな少年は分かるはずもない。
だらんと垂れさがった足が宙に浮いていた。
ぽたり、と頭上から落ちた液体に、静雄はゆっくりと目線を上げていく。
駄目だ、目を瞑って今すぐここから逃げないと、と思う心とは裏腹に、しっかりと見開かれた瞳が黒いスラックスを辿る。
だらりと大きな口から垂れ下がる真っ赤な舌の先から垂れ落ちる嘔吐物、その上に鎮座する生気のない瞳と目が合った瞬間、静雄は声にならない叫び声を上げた。
「なんだ、シズちゃん、ここにいたの」
とん、と今にも倒れそうな静雄の肩を支え、臨也が茂みから顔を出す。
静雄は目に涙を浮かべ、ぱくぱくと口を開き、目の前の光景を訴えた。
「わ、死体だね」
静雄の意図を悟った臨也は、事も無げにそう言い放つ。
え、と静雄は思わず臨也の端正な顔を見つめた。
大して驚いた風でもなく、臨也はかくれんぼ飽きちゃったなどと言いながら、静雄の泥で汚れた膝小僧をハンカチで拭った。
どうして、どうして、静雄の頭の中を、首吊り死体と臨也の言葉が駆け巡る。
恐る恐る振り返ると、やはりソレは大きな木の枝に隠れるようにして、未だぶら下がっていた。
直視出来ずに震える足を叱咤し、植え込みから脱出する。
外は互いの顔をやっと確認出来るほどに暗くなっていた。
静雄はどうしよう、と漠然と不安になる。
そんな静雄の思考を悟ってか、臨也はいつもの人を安心させる笑みで笑って、静雄の肩を撫でた。
「大丈夫さ。いずれ彼は見つかるし、見つからなかったとしても僕たちには何の関係もない」
それとも君の知り合いだったかい、と臨也は赤い瞳をぐるりと回し、静雄の瞳を覗き込む。
静雄は慌てて首を左右に振った。
でも、と小さく紡がれた言葉の先は出てこない。
もごもごと口を動かす静雄をしばらく見つめると、臨也は死体に目を戻した。
まるでそこには最初から何もなかったかのような、無感情な瞳に、静雄は死体とは違う不気味さを覚え、一歩下がった。
「いつかは僕たちもああなる、さして驚くことじゃあない」
それだけ言って臨也は公園の向こうへ走り去ってしまった。
静雄はその後姿を見送り、ただただ一人ぼっちの公園に立ち尽くしていた。
まさか彼は最初からこのことを知って、とそこまで考え、静雄は慌てて頭を振り否定する。
いつかは僕たちもああなる、それはとてもとても遠い未来のように感じられた。
ゆっくりと公園の入口に足を向ける。
あれは、人間だったのだろうか。
振り向いた先は、暗くて何も見えない。
僅かに漂ってくる腐敗臭にはっと顔を歪め、静雄もまた、走って公園を後にした。
公園に、死体がひとつ、浮かんでいる。
おしまい