【米英・仏英】cooking
ほんっとにマズイね!
こんなにまずいもの作れるのなんて、君くらいだよ!
どうして小麦粉がこんな味に変化出来るのか不思議でしょうがないね。
逆に貴重じゃないかな?
まぁ、君がまともな料理を作れる日なんて、来る訳ないんだろうけど!
***
ガシャーン!
「…」
派手な音を聞きながら、俺は呆然と立ち尽くした。
視線の先、足元には銀色のボウルと、真っ白い粉・粉・粉…
舞い上がる粉は俺の服にもたっぷりと白く降り注いで、薄化粧を施したような有様だった。
またやってしまった…
そう内心で呟きながら、俺は重いため息を零した。
小麦粉、新しく振るわなきゃな
さっき溶かしたバターにも粉が大量に入ってしまってる。
まだ残っていたっけ?
次の分、足りるかな…
あぁ先にこれを片付けないと
のろのろと屈み込んで、粉を手で掬ってはボウルに放り込む。
キッチンマットの生地の目に入り込んでしまって、綺麗には取れない。
掃除機を持ってこないと。
でも小麦粉って、掃除機に詰まりやすいんだよな…
とりあえず、マットはクリーニングに出して…床を拭いて…
「…っ」
不意に、目頭が熱くなった。
鼻の奥がツンと痛む。
泣きそうになっていると気づいて、慌ててぐっと堪えた。
これでもう、何度目の失敗だろう?
ただでさえ焼き加減の調整が下手だっていうのに、それより前の段階で失敗を繰り返すなんて。
これじゃあ、また馬鹿にされる。
今日一日、ずっと頭の中を巡っている言葉。
少し前に行われた会議の際に、前日に作った菓子を渡した時の…アメリカの言葉だ。
いつもマズイマズイとは言っていたけれど、あそこまで酷い言われようは初めてだった。
悔しかったから見返してやろうと思ったんだ。
だけど…
「なんで…普通に作れないんだよぉ…っ」
気づけば、堪えたはずの涙がぼろぼろと流れてしまっていた。
足元の積もった粉に小さなクレーターを作っていくそれを見ながら、俺は心底情けない気分だった。
だから、気づかなかったんだ…この家に誰かが入って来ていることなんて。
「あーあ…」
「!」
背後から聞こえた声に、俺は飛び上がる程に驚いた。
思わず「ひゃっ」なんて声が出かかったけど、何とか堪えた。
振り返ると、キッチンの入り口にそいつは立っていた。
「なにやってんのお前…。うわ、粉まみれ!」
呆れた表情をその腹立たしい顔に湛えているその相手は…フランスだった。
「な、な、なにしにきやがった!」
慌てて涙を拭いながら、俺は噛み付くように怒鳴った。
「いやぁ別にぃ?ただこの前またアメリカにこっぴどく振られてたみたいだから、どうせやけ酒でも煽ってんのかと思ってな、その情けない面拝みに来たんだよ」
「な、なんだよ!馬鹿にしにきたってか!残念ながら酒なんか飲んでねーよ!見るもんなんかねーぞバカ!帰れ!不法侵入だぞバカ!」
何だコイツ!
只でさえ気分が良くないってのに、コイツの顔なんか見たら余計に悪くなるじゃねーか!
ていうか、泣いてたのバレたかも知れねぇ…ちくしょう。
本当に、何しにきたんだよ…!
「…お前さぁ」
眉根を寄せて、ふと神妙な顔付きになったフランスが、さっきまでの小馬鹿にした口調からは打って変わって真面目に話し始める。
「どう頑張ったって無理だって。少なくとも、今は。だから今日はやめとけ」
な…っ!?
「う、うるせーな!放っとけよ!」
アメリカばかりじゃなく、フランスにまで馬鹿にされて、俺のプライドはズタズタだった。
無理って、何だよ…!
「見てろよ、絶対に…絶対に美味いって言わせるような菓子を作って…」
「あのなぁ!」
躍起になって叫ぶ俺の言葉を、フランスの強い口調が遮った。
驚いて、俺は思わず口を紡ぐ。
「泣きながら作る菓子が美味い訳がないだろうが…!」
「え…?」
思いもよらないその一言に、俺は一瞬固まってしまう。
泣きながら、って…やっぱりバレてたのか!
いやそんなことより…なんでコイツがこんなこと…
「悔しいとか、見返してやるとか…そんな気持ちで作るお菓子が、美味くなる訳ないっての」
「…」
呆然となる俺に、フランスは次々と文句を垂れて来る。
それでも、その言葉は今の俺には耳に痛いものばかりで…身に染みた。
コイツの言うことは最もだ。
腹立つヤツだけど、こと料理に関しては本当にコイツは間違いがない。
フランスの作る料理はいつも美味い。
幾度もコイツの料理している姿を見てきたけれど…いつもコイツは作る間ですら幸せそうだった。
でも、今日の俺は…
「料理なんて、笑顔で作るもんなんだよ。その結果の出来はどうであれ、過程で楽しめないような料理なんて最悪だ」
「…」
言われて、何も言い返せない。
そうだ、今日…俺は…楽しくなんてなかった。
美味いって言われないって分かっていても、それでもいつもなら楽しんでた。
「…そうだな」
素直に頷けた。
さっきまでのモヤモヤした感情は、不思議と消え去っていて、とても気分が楽だった。
もうちょっと楽しい気分になれたなら、どんな菓子を作るかの構想を練ろう。
アイツに渡すのなら、アイツの好きなものを入れて、カップケーキでも焼いてやろうか。
ふわふわ焼き上がるカップケーキを想像すると、自然と頬が緩む気がした。
「あとは愛情だな!料理に愛情を持たないと美味しくはならない。コレ、俺の最大のコツだから」
気障にポーズを構えながら言ったフランスの言葉に、俺は大きく頷いた。
***
数日後、俺は焼きあがったカップケーキの入った箱を手にアメリカの元へ駆け寄った。
「お、おい!」
「んー?なんだい、イギリス」
先日俺に吐いた暴言のことなんかちっとも覚えていない様子で、アメリカは俺の方を見る。
俺はその鼻先に箱を突き出して、言ってやった。
「これ…前のよりかは、美味いはずだから!」
「…ふぅん?」
思いの外素直に受け取って、アメリカは箱に視線を落とす。
「本当に美味いのかい?信じられないよ」
そう言ってまた馬鹿にしたように笑う。
けれど、今日の俺はそんなことにも動じなかった。
ちょっと焼き加減は微妙だったかも知れないけど…それでも自信がある!
「当たり前だろ!?たーっぷり愛情込めたんだからな!」
『料理に愛情を持て』
その秘訣通りに、楽しんで作った逸品だ!
「…ぇ、えぇっ!?」
何だか珍妙な声を上げるアメリカに、俺は軽く手を上げて「じゃあな!感想くれよ」と告げてその場を後にした。
でもどうしたんだろう?
去り際に見たアイツの顔は、真っ赤になっていた。
作品名:【米英・仏英】cooking 作家名:カナ