堕つる日常 掬う非日常
例えば、想像してごらんよ。
延々と続く道があるとして、一本道だったり分かれ道があったり、その道筋は様々だ。
そして、凡そ人1人分の申し訳程度しか用意されていない道を外れると、そこは真っ暗な闇な訳だ。
道を歩けば確かな未来が待っているけれど、一歩脇へ逸れるとそこはもう、自分の知る世界では無くなってしまう。
「日常と非日常って、そんなもんなんだ。」
そう、にこりとした顔で滔々と語った男は、向かいの席でぼんやりと視線を上げる少年の眉間を突く。
「あの、何するんですか。」
「俺が君の為に話をしてるってのに、それを聴いてるのか聴いて無いのか判別し難いような顔をしている君が悪いんじゃないか。」
はいはい聴いてますよ、と嘆息する少年は、半ば溶けかけて来たフルーツパフェを掬って一口食べる。
口の中に広がる爽やかな甘味で眼前の胡散臭さ全開な男の話を中和させようとしたが、無駄だった。
「で、こんな所まで僕を引っ張って来て一体何です?そんな説教染みた話しを始めて・・・貴方そう言う面倒な類が頗る嫌いなんじゃ無かったんでしたっけ?」
「そうだよ?俺は人間皆を愛してるから、他人の行動を制限するような発言なんて本当はしたくない。」
実に嘘臭い台詞である。
「口八丁で他人を陥れる新宿の情報屋の発言とは思えませんね。」
「心外だなぁ。そんな俺だから話に乗ってるクセに。」
って言うか、話を逸らさないでよ、と、口を尖らせる男の行動に薄ら寒さを感じて思わず両腕を擦ってしまう少年である。
「あぁ、もう、分かりました途中で話遮って済みませんですからちゃっちゃと話して下さい。」
そして僕を解放して下さい、と言う言葉は少年の口の中に溶けて消えた。
アイスクリーム程柔らかいものでは無いので、何時までも残って非常に口当たりが悪い。
何せそんな発言をした日には夢を見た自分を後に罵りたくなるからだ。このパターンを経て、少年が大人しく帰された日は無い。
「あぁ、うん。 日常と非日常の比喩までしたっけね。
そう、その例えで行くと、君から見た俺の場所は真っ暗な闇だよね。
でも、人ってのは綱渡りの様な道を眼隠しで進んでいる事を自覚して無い。
つまりね、誰だって期せずして非日常ってのは味わってしまうものなんだ。」
そこで区切りを付けると、男は冷め掛けたコーヒーを飲み干しお代りを注文した。
「まぁ、人から見た非日常が俺にとって日常か非日常かは置いておいたとして。
さぁ、問題は、君の立ち位置だよ、帝人君。」
ニヤリと、目と言わず口元さえも歪めて、男は笑みを浮かべた。
少年、帝人は、怪訝そうに眉根を寄せる。
「僕の?」
「そう、君の。」
丁度良いタイミングで届いたコーヒーを一口啜って、勿体ぶる男を帝人は睨み付けた。
「さっさと言って下さいよ、臨也さん。」
「自覚が無いんなら言ってあげるよ。
君の場合、恐らく状況は変わってくるだろうけど、罪歌の宿主のケースに良く似ている。
君は道を歩いている訳でも、脇に逸れているんでもない。
だって君は、その光景を額縁の外から見ているんだろう?」
細く綺麗な指を組み、男、臨也は帝人と視線を絡めた。
帝人の感情は、表面を見た限り変わらないので全く分からない。
少年の進化を見守って行く者として、その変わり様には歓喜を覚える程ではあるけれど、実際手の中で思う様に動いてくれないのは中々にじれったいものだった。
「非日常を渇望している割に、君の行動は矛盾しているよね。それとも、どちらに傾いても良い様に安全圏にでも居るつもり?」
「・・・・・・」
「沈黙は肯定かな?でもそう言う態度だと、良い様に解釈されるから本当は何かしら言った方が良いんじゃないかな?君はそれなりに弁舌立つし。」
覗き込む様にして観察していた帝人の瞳が、ユラリと揺れた。
反応を返した帝人に笑みを深めて、獲物が罠に掛かるのを待つ。
無意識に乾いた唇を舌で舐め、再びカップを取った。
と、口元に触れる直前、少年の高めのテノールが臨也の名を呼ぶ。
「何かな?帝人君。」
「思っていた以上に、臨也さんが鈍い事に僕は驚きました。」
そうして直視した帝人の表情に、体中の血液が反応する。肌が泡立った気がして、背筋に冷汗が伝った。
少年の表情は、何所かで見た事があった。何所だろうと思い返し、臨也は愕然とする。
今将に少年が浮かべるのは、自分を鏡映しにした様な顔だった。
「蚊帳の外に居る事を甘んじている?違いますねぇ。
僕はね、臨也さん、待ってるんですよ。」
「待って、る?」
「えぇ。」
帝人は、嫣然と笑った。
上目遣いに臨也を見る帝人の瞳が、臨也に焦燥を駆り立てさせる。
少年の目は、覇者の色をしていた。
「貴方が舞台を整えて、僕を引き摺りこんでくれるのを。ねぇ、期待してますよ?臨也さん。」
さぁ、捉えられたのは、どっち?
作品名:堕つる日常 掬う非日常 作家名:Kake-rA