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かすかなぬくもり

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 宿題になっていたプリントの期限が今日までだったということに気付いて、部活が終わった後に円堂は一人本校舎まで戻って宿題を出しに行った。無事に期限を守れた、それは良かったのだが、その間に問題が発生する。
「うっわー、マジかぁ……」
 下駄箱の前に立った円堂は、正面玄関から垣間見える空模様に愕然とする。さっきまではぎりぎり降っていなかった雨が、重くたちこめた灰色の雲から惜しみなくグラウンドに降り注いでいた。そして円堂は、今日に限って傘を忘れてしまったのだ。仲間たちが皆既に帰ってしまった今、誰かの傘に入れてもらうことはできない。ということはつまり、この土砂降りの中を走って帰る他なかった。
 はー、と円堂は溜息をついてから、頬をぱんと叩いて気合いを入れる。
「よし!」
 覚悟を決めた。人間やれば何だってできる。傘が無いくらいどうってことはない。ずり落ちないように鞄をしっかりと肩に掛け直すと、円堂は勢いよく雨の中に飛び出した。
 所々水溜りの出来たグラウンドを突っ切り、正門を飛ぶように過ぎた。この時点で制服はかなり濡れてしまっている。容赦なく顔にかかる雨のせいで、目を開けているのも一苦労だ。うっかり水溜りに足を突っ込んでしまいシューズがびしょびしょに濡れたが、円堂は気にせず走った。どうせ遅かれ早かれこうなったに違いないのだ。
 そうやって道を全力疾走していた円堂は、前方の紺色の傘にふと目を奪われて減速する。今となってはすっかり見慣れた背中に、思わず声を掛けていた。
「鬼道!」
 すると、鬼道は青いマントをかすかに揺らして円堂の方を振り向いた。そして、すっかり濡れネズミと化している円堂を見て驚いたようにあんぐりと口を開ける。
「え、円堂!? どうしたんだそれは」
「へへ、傘忘れちゃってさ」
 照れ隠しに笑顔を浮かべると、鬼道は「やっぱりおまえは大バカだな」と呆れたような表情を浮かべた。そしてすぐに円堂に近寄ってぐいっと腕を引く。頭上に紺色が広がり、全身を打つ雨の感覚が消えた。
「入れてくれんの?」
「当たり前だ!」
 風邪でも引いたらどうする気だ、と鬼道は真剣な顔で言う。どうやらかなり心配してくれているらしい。そのことに、不謹慎だが何となく嬉しくなる。無意識に頬を緩ませていると、鬼道はそんな円堂の顔を見て少し不思議そうにしていた。
「そういえば、鬼道はジャージなんだな」
「まあな。制服が濡れると色々面倒だろう?」
「……あ、そういえばそうだな」
 今更のように、自分もジャージに着替えてから帰れば良かったかもしれないと思った。もう遅すぎるが。そんなことを考えていると、隣で鬼道がくすりと笑う気配がした。
「どうせ、気合いで何とかなるとか言って何も考えずに走ってきたんだろう、おまえは」
「え。な、なんでわかったんだ?」
 まさしくその通りだったので円堂がびっくりしていると、鬼道はにやりと笑って続ける。
「それくらいわかるさ。おまえが考えそうなことだ」
 自信満々に言われてしまっては、更にずばり当てられてしまった後とあっては、円堂も返す言葉がない。しかし、悪い気はしなかった。それどころか、鬼道にそんな風に言ってもらえるなんて、ついこの間までは絶対にありえなかったことを思うと、何とも言えない嬉しさがある。今の鬼道は円堂の仲間なんだと再確認できたような気がして、胸がいっぱいになった。
「円堂?」
 訝るように名前を呼ばれて、自分が突然黙り込んでしまったのだということに気付いた。慌てて何か喋ろうとするも、口を開いた途端に飛び出したのはくしゃみだった。
「へっくし!」
「……だから風邪をひくと言ったんだ」
 鬼道がそれ見たことかと言わんばかりに溜息をつく。確かにこのままでは、体が冷えて明日学校に来られなくなるかもしれない。せっかく憧れのフットボールフロンティアに出場できたのに、体調を崩して練習ができなくなるなど絶対に嫌だった。
「風邪ひいたらどうしよう、鬼道ぉ……」
 すがるような視線を鬼道に送ると、うっと鬼道が怯んだ表情を見せる。何だかんだで鬼道は優しいから、多分こういう態度には弱いのだろう。鬼道は少しばかり黙って何か考えていたが、「ちょっと持ってろ」と傘を円堂にずいっと差し出してきた。鬼道の意図はよくわからなかったが、断る理由もないので円堂は素直に傘を受け取る。鬼道はそのままマントの紐に手を掛けて解くと、円堂の肩にふわりと掛けた。円堂は目をぱちくりさせて鬼道のマントに触れる。ほんのりと鬼道の熱が残っていた。
「大して変わらないかもしれないが、無いよりはマシだろう。多分」
「でも、これも濡れちゃうんじゃないか? いいのか?」
「それくらい、おまえに風邪を引かれるよりはずっといいさ」
 照れくさいのか、鬼道は円堂の方を見ようとせずに真っ直ぐ前を見て歩いている。そんな鬼道を見つめてから、円堂はまた青い布に触れてみた。全身ずぶ濡れの今の円堂には、乾いた布の感触が嬉しい。それに、かすかに残る鬼道の体温から彼の気遣いを感じて、胸がくすぐったいような不思議な気持ちがした。
「ありがとな、鬼道!」
「……ああ」
 体は冷えているが、心はいつもより暖かいくらいだった。笑いながら「こうしてるとオレも鬼道になったみたいだな!」と言うと、鬼道も「なんだそれは」と呆れたように、しかし楽しそうに笑ったのだった。
作品名:かすかなぬくもり 作家名:小雨