ばかだね
自分としてはそうは思わないのだが、周囲の人間が揃いも揃って言うものだから、きっとそうなんだろう。
「君は、本当に、どうしようもなくバカ、だね」
ベッドに寝かされた俺の傍らで、幼馴染みは優しい瞳をわずかにゆがめてそういった。
自分のバカさ加減など十二分に自覚しているから、そうだな、と頷けば、だから君はバカなんだよ、と返された。
そう言って、また哀しそうに微笑むから、昔してやったように柔らかい髪をなでてやった。
その間も、彼はずっと、哀しそうに笑っていた。
深い紫の瞳はただただ優しくて、もう帰れない日々を、きっと、一番幸せだった日々を思い出した。
「あんたって、本当、どうしようもないバカですね!」
戦後のごたごたをどうにかひと段落つけて早々、かつての部下に噛みつかれた。
やはり自分のバカさ加減は承知の上で、そうだな、と笑えば、笑うとこじゃないでしょうが!と叱られた。
只でさえ瞳が赤いところに、白目までほの赤くするその表情が、怒っているというより寧ろ、今にも泣き出しそうにさえ見えて、気付けばぽんぽんと頭を撫でていた。
子供扱いするなと言いながら口を尖らせる様が、彼を年相応かそれより幼く見せて、胸のあたりに温かいものが満ちた。
「貴方は、何故そうも同じことを言われてしまうのでしょうね」
どこまでも穏やかな笑顔をたたえた彼女は、そう言ってくすりと笑う。
「それは・・・・・・俺がバカだから、だろう」
「そうですわね。けれど、きっと、皆さん貴方が思う意味とは違う意味で、そう言っているのだと思いますわ」
「どういう意味だ?」
訊ねてみたところで、彼女はやはりくすりと笑って、答えを与えてはくれなかった。
彼女の淡い水色をした瞳は、どこまでも穏やかで、波紋を立てることはなかなか難しい。
「やっぱりお前はハツカネズミだな」
少しは精神的な余裕が出てきたのだろう。
戦中より幾許か明るくなった表情で、きっぱりと言い放つ。
「それに、諦め癖だ。お前がバカだとしても、私たちだって聖人じゃないし、バカなことをしてしまうことだってある。それでも、そのバカな行いから目を背けてはいけない・・・・・・そうだろ?」
これまでの色々を思い出しているらしく、表情は少し曇っていたが、それでも、黄金の瞳はやはり強く輝いていた。
「だいたいあんたは、人に偉そうなこと言う割に自分のことはいい加減なんですよ!」
「ああ、それはすごく分かるよ。そう言うところ、昔から本当変わってないんだよね」
「自分を切り売りし過ぎなんだよ、お前は」
「でも、それだからこそですわ」
「それはそうだが・・・・・・」
「その分俺が大事にするんで!」
「言うと思った。逆に色々躾直されるような気もするけどねぇ」
「確かに、まだまだ手が掛かりそうだからな」
「どういう意味だよそれ!!」
「アスランには貴方が必要と言うことですわ」
口を挟む隙も無いほどの盛り上がりの挙げ句、視線で肯定を求められる。
その勢いと内容に、若干納得行かないところがありつつも、曖昧に笑顔を返す。
「・・・・・・あんたは、自分に出来る事なんて全然無いって、それなのに無駄に足掻いてって、思ってるかもしれませんけど。でも俺は、あんたが居なきゃ嫌です」
「シンだけじゃないよ。僕だって」
「私だってそうだぞ!」
「もちろん私もですわ。そして、貴方の人となりを知っている、たくさんの方も、きっと」
口々に言う瞳は、それぞれの色の中にしかし優しさをたたえている。
「・・・・・・俺は、本当にバカだな・・・・・・」
俺にはまだ、こんなにたくさんの支えてくれる人がいる。守りたい、人がいる。
近すぎて気付くことが出来ていなかった。
いや、気付いているつもりで、その実まるで見えていなかった。
「全くです」
そう言って笑う瞳は、それでもやっぱり、温かい。
この温もりが手に入るのなら、少しくらい、バカでもいいかもしれない、なんて。
かすかに甘い夢を抱いた。