二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

あなたを削る(リボーン/山スク)

INDEX|1ページ/1ページ|

 
24×32?


 伸びちまったなぁとぼやくように言うので、山本は洗い物をしていた手を止めて何事かと振り返った。視線の先、革張りのソファにあぐらをかいたスクアーロが己の右手を鬱陶しげに見つめている。
「何が伸びたって?」
 適当に洗ったカップを水切り篭に放り込んで布巾で手を拭う。スクアーロは機嫌が悪いのか射るような視線でそれを睨め付けた。
「爪だぁ、爪。これじゃ剣握るのに邪魔くせえ」
「でもあんたは左利きだろ」
 その利き手の手首から先は、山本も知らない遠い過去に失われてしまった。代わりに作りものの手を器用に動かしてみせる。それは今では彼にすっかり馴染み、剣を振るうことはもとより、その手入れをすることにも支障はなかった。生身の手と同じように食事をし、字を綴り、あるいはセックスに興じる。その全てが実に滑らかな所作で、意識しなければ義手だということを忘れるほどだ。けれど義手に刃は付いていても爪は伸びず、爪の伸びる生身の手は剣を構える手ではない。少しばかり爪が伸びたところで、さしたる支障があるようには思えなかった。
 しかしスクアーロは首を傾げる山本を鼻で笑ってみせた。
「剣を握るのに利き腕なんざ関係ねえ。左手吹っ飛ばされたら右で持つ。右手切り落とされたら口で銜えてでも戦ってやらぁ」
「はは、物騒なのな」
 今度は山本が失笑した。いったい誰がこの二代目剣帝と称される男の利き腕を奪うというのか。到底考え難い、意味を成さない仮定法だ。単純な技量の問題で言えば、自分を含めた幾人かの顔が可能性としては浮かぶものの、彼らにはこの手を奪う理由がなかった。なぜならスクアーロの剣は、彼らのための剣だからだ。
 だから手前は甘いんだよと唾棄するように言い捨てて、スクアーロはチェストの抽斗からナイフとやすりと、それから義手のひとつを取れと山本に命じた。爪を削るつもりなのだろう。スクアーロの義手はいくつかあって、用途に合わせて使い分ける。単純に戦闘用の物騒な剣を取り付けた手や、暗器を仕込む手、そして日常の細かい動作で使う手だ。今はちょうど、あぐらをかいた膝の上で義手に取り付けた剣の手入れをしているところだった。しかしその義手では細かい作業には向かない。それに今は手首から取り外されて彼の膝の上だ。
 山本は瞬きをふたつ繰り返すあいだに思案し、ナイフとやすりだけを抽斗から取り出した。
「そっちの義手も取れっつっただろ、このカスガキが」
「まあまあ、そう怒んなって。オレが切ってやっからさ」
「あ゛あ?」
 ぎり、と射るように引き絞られる視線を軽く受け流してソファに歩み寄る。そうしてスクアーロの前に膝をつくとちょうど跪くような格好になった。スクアーロは盛大に眉を顰める。見下ろす視線の鋭さをさらりと無視して目の前の右手を取る。
「何の真似だぁ?」
「だから、爪。オレが切ってやるよ」
「いらねえ」
「オレ、結構器用だぜ」
「んなこたぁどうでもいい。相変わらず何考えてやがるんだかわかんねぇガキだな」
「あんたのことだよ」
 は、と息を呑む気配が間近にあった。それに構わずに言葉を継いだ。
「何考えてるかって言っただろ。今はスクアーロのことを考えてる」
 顔を上げると、純度の高い炎のような青を灯した目がこちらを睨み据えている。低く悪態を吐き捨てながら、しかしその右手は終ぞ振り払うことをしなかった。だからそれを許容と受け止めて、山本は薄い刃を親指の淵に押し当てる。
 自らが抜き身の刃のような男に触れ合う距離を許されている。その意味を深くは考えまいとした。
(あんたには、自由でいて欲しいんだ)
 その輪郭を浅く削りながら、そんなことを考えていた。男の剣は決まった型もなく、気紛れに荒く、そして単純にきれいだった。一方的に送りつけられてくる映像を眺めては、余分を削ぎ落としたかのような潔さに見惚れるほどだった。
 薄い刃を滑らせて爪の先を少しずつ削る。果物の皮を剥くよりは固く、肉を斬るよりは滑らかだ。
 手早く五本の爪先を削って、最後に丁寧にやすりをかけてやる。平らかな爪の先は丸みを帯びて、人を殺す指には到底見えなかった。スクアーロは押し黙ったまま、それをじっと見下ろしている。
 険を含んだ視線のどこかに隠しきれない甘さがちらついている。その理由を暴いてしまえば、この男の退路を絶つことになるだろう。それは山本の本意ではない。余計な感情でその剣先を鈍らせてしまうなどあまりに口惜しい。だから素知らぬふりをして笑って手を離した。
 切りそろえられた爪を眺めていたスクアーロが、ふと口を開いた。
「今は何を考えてんだ」
 それはまるで細い雨が落ちるような響きだった。静かに雑音を掻き消していく。銀箭にも似た長い髪がさらりと流れるのを視界の端に映して、山本は浅く笑んだ。
「――言ったろ。あんたのことだよ」
 スクアーロは模範解答を聞いた教師のように満足げに笑って、ひたいに祝福のようなキスをひとつ落とした。その背に腕を回しながら、どうせならこの男の輪郭ごと削り落としてしまえればいいのにと栓のないことを考える。
 刃が曇り毀れようとも決して折れぬ剣が、この手に留まってくれないのであれば。