たかいなのピロートーク
「恥ずかしかったけど……気持ち良かった」
「それなら俺も頑張ったかいがありましたよ」
宗太君の家に泊まって次の日の朝。
未だにベッドにいる私にコーヒーを淹れてくれた。普段から家事をこなし家族にも気をまわせる宗太君の思いやりと温かさが感じられるようなコーヒー。
眼鏡を掛けていない顔は私の一つ下なのにしっかりとした男の顔付きで、でも年相応な男の子の幼さもあって。
お姉さん達やなずなちゃんも多分、知らない顔。
私だけが知っていて、私だけに見せてくれる顔。
「それにしても驚きましたよ。まさかあの後すぐ寝てしまうなんて」
「う、だってしようがないでしょ……すごく疲れていたんだから」
「俺としてはゆっくり話でもしたかったですけどね」
「私もそうしたかったけど……」
ベッドサイドのチェストに体を軽く預けながらコーヒーを一口飲むと、ベッドに寝転がっている私に残念そうに言葉を掛ける。
ちょっとした優しいいじわる。
それに慣れない私の顔はきっと熱くて赤くなっているに違いなくて、思わず枕に顔を埋める。
「とは言っても結局、俺もあの後すぐ寝ちゃいましたけど」
「宗太くんだって寝ちゃってるじゃん」
「そりゃあれだけ気持ち良さそうに寝られていたらこっちも寝たくなりますよ」
「あ、ううぅ……」
「いい加減に慣れてくださいよ」
苦笑しながらゆっくりともう一口飲むと、不安定な体勢だった私の手から中身をこぼさないようにカップを取りチェストに並べて置き、ベッドに入ってきた。
咄嗟の事に私の体は反応して強張ってしまうけど、そんな緊張を解かすかのように宗太君の手が私の髪を梳かす。
優しくて、心地良くて、気持ち良くて。
いつも読んでいる恋愛小説だけの出来事だと思っていたけど、たまに見てしまう佐藤さんと八千代さんのような他人の大人の出来事だと思っていたけど。
実際は想像以上で。
「しかしそんなに良かったですか?」
「うん、すごく気持ち良かったよ。この低反発枕。外国製だっけ?」
「はい。そう言ってもらえるとバイトを頑張って買ったかいがありましたよ。やっぱり気持ち良い睡眠をしたいですからね」
「疲れていたのもあるけどぐっすりだったよ」
「まひるさんが散々、買い物で歩き回ったから疲れたんですよ」
「宗太君だって雑貨屋さんを見つけたら手当たり次第に入ってた」
「結果的に疲れたおかげで俺はまひるさんの可愛い寝顔が見られたから役得です」
「寝顔を見られるの恥ずかしいんだから……」
昼間にお出かけをして色々と見て回って、夜御飯も食べて帰る時に家に寄っていきませんかと誘われて。
お母さんはお父さんの単身赴任先に行ってていなかったし、宗太君の家も珍しく誰もいないからって。
山田さんや種島さんと泊まった時のようにお風呂を借りて、以前とは違って自分の足で宗太君の部屋に向かっていて。
宗太君がお風呂から出てきたら今日のお話でもしようとベッドで寝転がって待っていたら、疲れと枕の気持ち良さと宗太君の安心する匂いのおかげですぐに寝てしまっていた。
「まだもう少し寝ませんか?」
「うん。だけどお姉さん達は? 帰ってこないの?」
「一枝姉さんは仕事で泊まりこみ、泉姉さんは出版社のイベントに強制参加、梢姉さんは道場の合宿、なずなは学校の宿泊行事。だから本当に誰もいないんです」
「そっか、寂しいね」
「普段がうるさいくらいだからちょうど良いですよ。もっとも、姉さん達がいなくてもまひるさんがいてくれれば俺は楽しいですし」
「そそそそういう恥ずかしいのはやめて……!」
「そうですか? 俺は好きな人といられて楽しいですけど。まひるさんは嫌ですか?」
「私も嬉しいけど! ああもうおやすみ!」
そう言えば一枝さんとお話した時に言ってたっけ。宗太には女ったらしの才能があるって。
私が最初に好きになってこの気持ちを知らない宗太君の言動に一喜一憂していたのに、今ではその才能のストレートさにやられてしまう。
それは滅多に発揮されないけど。さらりと出される言葉や態度に私の思考回路が追いつかなくなってしまう時があるけど。
付き合っているからこその幸せだと感じる瞬間がある。
「? まぁいいか。俺も寝よう」
「…………」
「じゃおやすみ、まひる」
「! ……おやすみ……宗太」
例えばほら、こういう瞬間に。
作品名:たかいなのピロートーク 作家名:ひさと翼