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シー・サイド・ガールズ

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 それは今までにみたことのない、おそろしく綺麗な夕焼けだった。昼間に、ぷかぷかと気持ちよく浮かんで遊んでいた、透き通ったエメラルドグリーンの海は、夕陽の色にそまって、ひっそりと静かに波の音を響かせながら、でもそれでいて、ざわめいている。その水面の下には、魚だけじゃない、さまざまな生きものが、身をひそめていて、それら全てがささやきあっているみたいな。水平線のうえに、まっかな太陽がゆらめきながらゆっくりとおちてゆく。あの太陽がすべて沈んでしまったとき、わたし一体、どうなっちゃうんだろう、とハルは思った。美しいものをみて、不安になるということを、ハルは、この時はじめて経験したのだった。
「なんだか、こわいです」
 思ったままのことを、ハルは、隣の少女へと伝える。ハルと、同じくらいの歳らしい背格好をした、その女の子は、きれいな小麦色の肌をしている。淡いブルーのワンピースに、赤いリボンで黒髪をふたつに結っている。素敵な色の組み合わせだ、と思った。とてもよく似合っているし。ハルも、赤いりぼん、つけてみようかな、なんて考えていると、「どうしてです?」、と少女が尋ねた。
「だって、まるで、世界の果てにでも、いるような感じがするんです」
 そう言いながらも、ハルの表情は、すこしも怯えに曇ってはいなかった。視線が、水平線と、おちる太陽のあいだに、吸い寄せられるみたいに、そこをじっと見つめていた。
「お気に召しませんでしたか?」
 少女は、静かに尋ねるけれども、うすく微笑んでいた。夕暮れに惹きつけられるハルの横顔を、いとおしそうに眺めている。どこかたのしそうでさえあった。
「ううん……。ハルは、ここ、とても好きです」
「それはよかった」
 ふふ、と彼女は笑った。南国のしろい浜辺は、紅に近い橙色をして、少女たちのはだしの指先をやさしく包む。花弁にそっとふれるような笑い声に、ハルは、ようやく隣の少女の顔をみた。そうして、少しびっくりした。
「目が、」
「はい?」
「瞳の色が…。今の、夕焼けの海の色と、そっくりです」
「ええ、本当?」
 そう聞いて、今度は少女のほうがちょっと驚いたように、それからはにかむように笑った。「外で、鏡なんて、あんまり見ないからなあ」、とのんびりした調子で、彼女は、どこか照れたように言う。
「お昼は、お昼の海の色に似てて、とっても綺麗だって、思ってたんです」
「私の瞳がですか」
 ハルは顔の動きだけでうなずいた。そっかあ、といって、その女の子は、やっぱり照れたように、嬉しそうに笑う。そよ風がふいて、少女たちの髪を揺らす。赤いりぼんもちいさく揺れた。
「そのりぼん、かわいいですね」
「え? あ、これ…。もらったんです」
「誰から?」
「たいせつな人から」
 ふむ、とハルは、今度は少しまじめな顔をして、うなずいた。これで、ハルは、自分でりぼんを買うわけにはいかなくなってしまった。
「素敵なプレゼントです。とってもよく似合ってます」
「ありがとう」
 えへへ、と少女は笑った。ハルも、彼女をみて笑う。笑いながら、ハルは、ツナさんはきっとこんな、気の効いた素敵なプレゼントは、くれないだろうなあ、なんて思っていた。

「さっきの、素敵な比喩ですね」
 りぼんの話題に照れたのか、唐突な話題の切り替えに、ハルはきょとんとした表情をして、少女をみつめる。
「あ、さっき、世界の果てだって…」
「ああ! あれ、悪い意味で言ったんじゃないですよ!」
 今更あたふたするハルに、わかってますよ、と少女はにっこりと微笑んでみせる。
「よかったら、日の出も、ここで見てみませんか? 私がいうのもなんだけど、世界のはじまりみたいに、綺麗なんです」
 そう言って、少女は、目をほそめて、水平線のほうを見やった。そこでは、まっかな太陽が、既に身を半分隠している。しずかな海のざわめきに呼応するように、少女の長いまつげがかすかに震えているのを、ハルは見た。
「はい、ぜひ!」
 勢いよくうなずきながら、ハルはふと、この平和で美しい島の朝焼けについて、想像してみる。その時の、空の、海の色。それをそのまま、まるごと映したような瞳の色をして、少女は、微笑む。それは無邪気なようでいて、でも同時に、いろんなこと―――うまくいえないけれど、嬉しいこと、たのしいこと、それにかなしいこと―――を知り尽くしているような、大人っぽい女の人の浮かべるような、笑みだった。不思議な子だなあ、とハルは思う。
「…そういえば、お名前、なんていうんですか?」
 尋ねると、彼女はハルのほうを振り返って、きょとんとした顔をみせた。それはまるでなんにも知らない小さな子どものような表情だった。
「…ひみつです。」
「え?」
「また次に、ハルさんが、この島に来てくれたときに。それまでのひみつです」
 そう言って、少女は人差し指をちいさな唇にあて、ふふ、と微笑む。そのどこか大人っぽいしぐさに、思わずうなずいてしまってからも、ハルの心臓は、しばらくのあいだどきどきし続けていた。
 
作品名:シー・サイド・ガールズ 作家名:浜田